(以前の話は
こちら)
その後。
僕も価格破壊男も、良いところはひとつもなかった。
なけなしの現金を投資し「おまけカード」を買い集めても、
「
理不尽な低価格」によって潰され「
笑いもの」にされる。
そういう状況がゲームの終わりまで続いたのだ。
つまるところ、僕は経営者として最も大事なことを
わかっていなかったのである。
そもそも、僕は、
・「相手の心理」を的確に読み取り、裏をかき、
「人間同士の心理戦(価格競争)」に勝利して儲ける。
・「ルールの隙(法の抜け道)」をついて儲ける。
・「自制心」を保ち、適切な投資を行い、儲ける。
というのが、この経営戦略ゲームの「本質」であり、
同時にそれが「経営」の「本質」であると思っていた。
だが、この経営戦略ゲームには、それ以外の「本質」、
「
真の本質」が隠されていた。
それは、「
経営で勝つため」に本当に必要なのは、
業界内での「
信頼」であり、「
人間関係」であり、
「
人脈」であり、「
コネ」だということ。
それこそが経営の「
真の本質」であり、それに気づかせることが
実はこのセミナーの「
裏テーマ」だったのである。
「
経営とは、他者と自分の生き残りを賭けた戦い。いわば戦争」
これはセミナー開始当初の僕の考えであるが、
今にして思えば、なんと幼稚な考えだったのだろう。
仮にそれが真理だったとしても、
それをあからさまに態度に出して経営していたら……、
他者から嫌われ、総すかん。ことあるごとに足をひっぱられ、
何かうまい話があっても仲間にも入れてもらえない。
当然の理屈。そんな当たり前のことにさえ
僕は気づいてもいなかった。
本物の経営者であれば、
「自分の利益を優先させること」を本音として隠しつつ、
「業界全体のため」とか、「市場の発展のため」とか、
「ユーザのため」とか、そういう態度を示し、
地道にみんなの信頼、すなわち「
社会的評価」を得ることを
目指すべきだったのだ。
そうして、すこしずつ、
協力しあえる、味方、仲間を
業界内につくっていくのが正しい姿だったのだ。
それなのに……!
それを僕は画一的に「
自分以外は敵」などと思い込み、
信頼関係や人脈を築くこともなく、「
ルールの隙」ばかりついて、
自分だけ儲けよう!
自分が!自分が!
とやってきた。
なんという痩せた考え。
ふと見上げると、価格破壊男がしょんぼりとしていた……。
さすがに彼も、自分の置かれている状況、
――軽んじられ、弄ばれている状況――に気がついたのだろう……。
だが、気がついたところで、もはや手遅れ。
今さらもうどうしようもない。
結局、僕たちは、うなだれ続けるしかなく、
そのまま時間だけが無情に過ぎて行き……、
とうとう、セミナー終了の時間となってしまった。
「
はい、みなさん、お疲れ様でした。
では、今のこの年で最後にしたいと思います」
講師の終了宣言に、みんなは
「あー、もう終わりかー」
「いやー、面白かったなー」
などの感慨深げな声を口々にもらした。
すでに「勝ち組」と「負け組」の経営者の間で
十分に大差がついており、逆転の可能性は皆無であったから、
ゲーム終了の宣言にあわてる者は誰もなく、
消火試合的な和やかなムードで淡々としたプレイが続けられた。
そのとき僕は、みんなのプレイをぼんやり眺めながら
ある「真理」を悟っていた。
(
そうか……そういうことか……。そういうことなんだ……)
それは結局のところ、勝ったのは、
『
社交的で、明るく、
ゲームの合間に、みんなを笑わせる冗談を言ったり、
雑談が上手な経営者』
であり、逆に、負けたのは
『
勉強はできそうだが、黙々と仕事をやるのが好きそうで、
社交的ではない、無口な経営者』
であったということ。
(
こんなにもはっきりと分かれるものなんだ……)
勝った側の経営者たちは総じて、
明るくて、堂々としていて、会話が楽しくて、
女の子にもモテそうで、彼女がいなかった時期などなさそうな、
そんな「
人間的に最初から勝ってるオーラ」を
かもし出している連中ばかりだった。
一方、負けた側の経営者たちは総じて、その逆。
逆の雰囲気。逆のオーラ。
真面目そうだが、ぱっとしない。
もし、彼らだけ集めて、グループ名、ユニット名をつけるとしたら、
もっとも適切な名称は「
部長どまり」。
そんな感じの連中ばかりであった。
はたして、自分は……、
勝ち組側の人間になれるだろうか……。
(
いや、無理だ……絶対に、間違いなく無理だ……)
まずそもそも自分は、けっして社交的な人間ではない。
アドリブもきかず、初対面の人に話しかけられても、
きょどって見当違いなことを言ったり、
笑わそうと変にテンションをあげたあげく、
すべって場をしらけさせてしまう(そして後で自己嫌悪)、
そんなキャラクターである。
だから、初対面の経営者同士が集まって
談笑しながら人脈を作る
懇親会なんて、絶対無理。
行くこと自体がストレスで、前の日から憂鬱になるタイプ。
そんなことより細かい作業を黙々とやったり、
一人で理屈をこねている方が好きなタイプ。
すなわち、明らかに後者の人間。
勝てない人間。
これはもう努力うんぬんの問題ではなく、
人間的な質、個性、生まれつきの問題であろう。
結局、つまるところ、この経営戦略セミナーを主催した人が
一番伝えたかったこととは、
そんな後者タイプのおまえが
お喋りが上手で、社交的で、
明るく、お洒落で、清潔で、
ピッとしたスーツが似合う、リア充の彼らに
「張り合おう」とか「勝とう」とか
思うこと自体が誤り
ということだったのだ。
(
でも……それでも……)
(
僕は……)
そして、ついに最後のターンがやってきた……。
「
では、飲茶さんの番です」
(
勝ちたい……)
(
やつらに勝ちたい……)
うぅぅぅぅううぅぅっぅぅううううっっ………(ボロボロ)
「
飲茶さん?」
口元をおさえて嗚咽に震える僕をみて、いぶかしむ講師。
僕は、震える喉から無理やり空気を吐き出し、最後の経営戦略を述べた。
「
商品を……売りに……出します」
「
はい、何個ですか?」
「
ぜんぶ……」
「
え?」
「
倉庫にある商品を全部!」
耐え忍んできた様々な感情があふれ出しそうになっていた。
僕はこのときをずっと待っていたのだ。
僕はシートの下に隠しておいたカードをばさっと場に放り出した。
それは毎年、少しずつ、少しずつ、
買いためていた
宣伝広告カード。
すべて演技だった。
ため息をつきながら、投げやりにゲームに参加し、
適当に競売に参加しては、いじめられ、負けて、
そしてふて腐れながら、おまけカードを買ってみたり、
宣伝広告カードを買ってみたり……。
だが、そうして顔を伏せながらも、
宣伝広告カードだけは使わずにためていたのだ。
「
宣伝広告カードを使って、倉庫の商品を全部市場に出します」
こうして、倉庫にあった大量の商品が一気に市場へ投入され、
日本各地にばらまかれた。北海道から九州まで、
広告カードの力を使って、全国に一度に流通させたのだ。
そこで、やっとみなが気がついた。
「今」、この瞬間とは、最後の最後、
ゲーム終了の最後の土壇場のターンであることを。
そう、来年は存在しない。ゲームは今年で終了。
だから、来年のために、材料を買って商品を作る、
という行為を誰もしなくなる。
「
したがって、ゲーム終了間近は、在庫が少なくなるに違いない」
その気づき。
最後の最後のターンに、それが起こるかもしれないという可能性。
それに、僕は賭けたのだ。
まだ、在庫を持っているメンバーが、あわてて、競合商品を出してくる。
Aさんは、大阪に。Bさんは、東京に。
だが、ゲーム終盤のため、在庫が足りず、
すべての地区に競合商品を出すことができなかった。
そのため、
北海道や青森などの地区(小需要で、少ししか商品を置けない地区)
では、競合相手がいない、という状況が発生。
場は、騒然とした。講師ですら予想外のことで、驚いていた。
「
この地区とこの地区は、
競合相手がいないから、上限まで価格をつけてもいいんですよね?」
「
は、はい。かまいません」
「
じゃあ、オープンプライス!」
もちろん、僕が掲げた金額は、表示可能な最大金額。
99990円!
ついに成し遂げる!
独占販売による最大金額の提示!
その金額の大きさに、みなが驚きの声をあげた。
だが……!
駄目ッ!!
これでは駄目ッ……!
駄目なのだ!
まだ僕には、やらなければいけないことがある!
ここで終わってはいけない!
これで終わらしてはいけない!
だが、はたして……
はたして彼は気づいてくれるだろうか……。
「
では、次は九州地区で」
僕は、自分から次に競売を行う地区を指名した。
そこには、競合相手として、あの「
価格破壊男」がいた。
あとは、もう……価格破壊男しだいであった……。
僕は祈るような視線を価格破壊男に送った。
頼む!価格破壊男、
気づいてくれ……気づいてくれ……!
(次回完結)