2008年03月26日

経営者育成セミナー

経営者育成のセミナーに参加してきました。

かなり勉強になりました!
特に、一番の収穫は、自分が「どんなタイプの経営者なのか
がはっきりしたことです。

しばらくは、この研修での出来事について書いていきたいと思います。

2008年03月30日

経営者育成セミナー参加日記(1)


経営者になっても、何も世界は変わりませんでした。

今までの会社勤めのときと同じ。
毎日、夜遅くまで、仕事して、残業して、徹夜して。

そして気がついたら、1年が経っていて、
税理士が作った決算報告書を眺める。

今年は、こんなに赤字なのか……orz
おお!今年は、黒字だぞ!ばんざーい!^▽^

決算報告書をみても、思うことは、
単にプラスだと嬉しくて、マイナスだと悲しいぐらいのことで、
来年は、もっとがんばって仕事をしよう!」と
決意を新たにするぐらいのことです。

とても、会社を経営をしているという実感はありません。

ようするに、
会社を設立し、一生懸命、仕事をして、
なんとか食べていくだけのお金は入ってくるようになったが、
それって、普通に会社に勤めていたときと同じ境遇なわけで、
経営者としては完全に行き詰っている
という感じです。

経営者なんだから、もっと、こう戦略?みたいなものをもって、
会社を大きくするみたいな?的なことをやっていかないといけないと、
薄々は感じているのですが、
何をどうすればよいのかさっぱりわかりません。

そんな話を知人にしたら、
お薦めの「経営者育成セミナー」があるとのことで、
さっそく申し込んで、参加してみたのですが……、

完全に場違いでした!

参加者の平均年齢はとても高く、みんな
ちゃんとした会社の役員のような人たちばっかりで、
彼らに比べたら、全然お子様の自分は、完全に浮いてました。

なんとなく、引け目を感じて、一番後ろの席で、
講義をきいていたのですが……、

これがとても眠かったです。>_<

経営者にとって大切なのは……うんぬんかんぬん……
きっとたぶん、良いことを言っているんだろうけど、
ぜんぜん、頭に入ってきません。

うわー、こんな講義を一日中、聞くのか〜。
 半分以上、寝ちゃいそう〜>_<


とか思っていたのですが……、
このセミナー、眠いのは最初だけでした。

講師の人が、突然、こう言いました。

「とはいえ、こうして、講義を聞いているだけで、
 経営の何たるかがわかってもらえるとは、私たちは考えていません。
 では、みなさんに経営のことを知ってもらうためにはどうすれば良いか?
 その答えはシンプルです。

 それは実際に、会社を何年間も経営してみることです。

 講義を聞くよりも、本を読んで勉強するよりも、
 実際に経営してみる、それが一番です。

 これからみなさんに、ゲームをしていただきます。
 もちろん、ただのゲームではありません。
 経営戦略ゲームです」

ざわ……ざわ……

え?ただ、座って、話を聞くだけじゃないの?

僕は、経営ゲームと聞いて……すぐある予感が走った
このゲーム 運否天賦じゃない………………
…………おそらくは…………愚図が堕ちていく
勝つのは 智略に走り、他人を出し抜ける経営者……!


2008年04月26日

経営者育成セミナー参加日記(2)〜遊戯〜


これからみなさんに、経営戦略ゲームをしていただきます。
 実際に、会社を経営していただき、市場の世界で、
 凌ぎを削っていただきます……。
 では、みなさん別室に移動してください


突然、降ってわいた経営ゲーム

連れられた部屋は、ちょっとしたホールになっていて、
真ん中に巨大な丸いテーブルが置かれていた。

講師は、そのテーブルの上に、巨大な日本地図を広げ、
そして、まだ意味のわからない模型のコマや
手札を並べはじめた。

経営戦略ゲーム……いったい、どんな内容なんだ。

僕の疑問をよそに、講師は、淡々とゲームの準備を進めていく。

「さて、準備ができました……。
 では、みなさん、手近な席にお座りください」

僕たちは、大きなテーブルを、
ぐるっと取り囲んで座るような格好になった。

僕の目の前には、ゲームの説明書や、
色々なシートが入ったバインダーがおかれている。

「では、バインダーを開いて、
 一枚目の紙を目の前に広げてください」

うう……、これは……。



広げたシートには、

材料倉庫」「工場」「商品倉庫

と書かれていた。

「では、ゲームの内容をお話します。
 みなさんには、ある商品を製造・販売する会社の社長
 になっていただきます。

 そして、その会社を経営し、黒字を出してください。

 今日の夕方の終わりの時間まで、経営していただき、
 その時点で、一番、儲けを出した経営者が、
 1位というゲームです。


 では、具体的に、どうやって利益を出すのか?
 どうやってお金を儲ければいいのか?

 
 目の前にあるシートをみて、察した方もいると思いますが、
 このゲームの内容を簡単に言うと、
 
 @材料を買い、
 A工場で加工して、商品を作り出し、
 B商品を市場で売りさばいて、現金を得る


 これだけです。
 これを繰り返すことによって、お金を儲けてください」

なんだ、経営ゲームっていうから、
もっと難しいものを想像していたけど、
なんか簡単そうだな。


少し拍子抜けした。

しかし、それを察したのか、講師はこちらをみて、にやりと笑った。

「たしかに、一見すると、
 『ただモノを作って売るだけ
 のシンプルなゲームに思えますが、
 どうしてどうして、実際にやってみると……
 経営の本質がすぐに浮かび上がってきます……
 甘くみていると、すぐに八方塞……借金地獄……
 ゲーム終了時、ここに集まった経営者のうち……
 何人が生き残っているか……


ざわ……ざわ……

互いに顔を見合わせ、不安そうにしている僕たちを見て、
講師は、ククク、と笑い、愉快そうにこう言った。

「それでは、みなさんには、これから……
 借金をしていただきます」

ざわ……ざわ……ざわ……

ううっ……!こ、この男!!

2008年05月19日

経営者育成セミナー参加日記(3)〜借金〜


「みなさんに、これから商品を作る材料を
 買っていただくことになりますが、
 残念ながら、今、みなさんは、無一文です。
 したがって、まず最初に、
 銀行からお金を借りていただきます。
 つまり……借金です」

ざわ……ざわ……

最初から借金だって?

一瞬、面食らったが
でもよく考えてみると、なにも驚くことではない。

起業するときにかき集めたお金が、
会社の設立費や設備投資として消えてしまい、
運転資金は「借金」でまかなうというのはよくあることだ。
というか、自分の会社がそうだ。

もちろん、僕も会社勤めのサラリーマンの頃には、
「借金」というものに対して、過剰な拒否反応を持っていた。

金の貸し借りはしてはいけない。ましてや借金など

でも、実際に経営者になってみると
「借金」はそれほど特別なものではないということがわかった。
経営者にとって、借金など、金策の手段のひとつであり、
日常茶飯事のことなのだ。

金が尽きれば、会社は終わりである以上、
リスク(思わぬ出費)も含めて、金があるに越したことはない。

下手に躊躇して、借金しないで、切り抜けようとして、
肝心のときに、やっぱり金が足りず、大変な目にあったことも何度もある。
(そういうときは、親戚にお金の相談をするなど、とてもみじめ)

まわりは、まだざわついているようだが……、
どうやら実際に経営をしている人間は、ほんの少ししかいないようだ。
なるほど、こうして、冷静にまわりをみれば、
参加者のほとんどは、おそらく、どこかの企業の部長・役員クラス、
経営の勉強ということで、会社が受けさせた研修なのだろう。

借金の意味、重要さ、恐ろしさ……そういう実体験のない彼らなどに
地獄を経験した自分が負けるわけがない……絶対に勝つる。


などと考えていたら、

「ところで、借金するといっても、このゲームには破産はないので、
 安心してくださいね」

突然、講師が、ニコニコしながら、そんなことを言い出した。

ええ!?そうなの!?

講師は、借金のシステムについて、さらにこう説明した。

「もちろん、現実の経営では、破産が存在しますが、
 このゲームで破産を認めてしまうと、
 資金が0になってしまい、残り時間をただ何もしないで、
 ぼーっとほかの人のプレイをみて過ごすだけになってしまいます。
 それでは、せっかくセミナーに参加した意味がありません。
 そこで、毎年、―もちろんゲームの中の時間でのことですが―、
 銀行から、追加で借金ができるようになっています。
 もちろん、赤字はどんどん計上されて、増えていきますが……。
 しかし、毎年、運転資金は補充できますので、
 挽回のチャンスは常にあると言って良いでしょう」

なるほど、もし午前中で破産しちゃったら、
午後はずっと何もしないで眺めているだけになってしまう。
講師の「破産はない」という話はとても納得した。
だが、甘い話だけではなかった。

「もちろん、それでは、現実の経営と比べて
 ゆるい設定となってしまいますので、このゲームでの借金の金利は、
 ……このような数字にさせていただきました」

ぐぐううううっっ!!

な、なんだこの金利は!?暴利だろ、これ!?

「どんな赤字会社でも、毎年、借金ができるのですから、
 この金利は非常にリーズナブル、
 ……良心的金利となっております


ざわ……ざわ……

詭弁だ。この金利の数字は、ようするに、プレッシャー。
さあ、他人の足をひっぱってでも、利益を出せ、
出さないと、借金地獄という底なし沼に、飲み込まれてしまうぞ、
という明確な脅し。

おそらく、講師が一番恐れるのは、
参加者全員が、たいした損も得もせず、動きのないまま、
ゲームが終わってしまうことだ。
でも、こんな高金利なら、参加者は、他者を蹴落としてでも、
必死に黒字を出していかざるを得ない。

こんな金利にしたのには、おそらく、そういう理由があるのだろう。

このゲームは、勝ち組と負け組が、はっきりとわかれることになる

そんな直感が走った。

「では、銀行からいくら借りるか、ひとりひとり申告してください」

講師の指示で、時計回りにひとりひとり、
銀行からいくらお金を借りるか申告していく。

これからどんなゲームが行われるかわからない、
借金すれば、その分、利息を返していかなくてはならない、
みな考えながら、限度額の10%〜30%ほどの、
無難な様子見の金額を提示していった。

そうだよな。最初から、いきなり大きな借金して、
もし、失敗したら、多額の負債になるし、
その後、利息を返すだけで精一杯という状況になるかもしれない。
しかも、現実の銀行と違って、とても高い金利……いわば暴利。
もし、足りなければ、また来年、追加で借りることもできるのだから、
まだゲームの内容が見えていない現時点では、
無理にたくさん借りる必要なんかない。

ここは、みんなと同じような金額で……。

そう考えていたところ、僕の隣の席の
一癖も二癖もありそうなおっさんが講師にこう述べた。

限度まで

ざわ……ざわ……

うぅ……!!

いきなり、ルール上の限度金額いっぱいの借金。

も、もしかして、こいつリピーター(ゲーム経験者)か……!?

だが、まてよ、こいつの判断は正しいかもしれない。
このゲームは、材料を買って、加工して、商品を作って売りさばく、
という一見シンプルなゲームだが、
おそらく最大の問題は、競争相手がいるということだ。

まだ明かされていないが、おそらく、設備投資をして、
他社よりも、有利な状況を作り出し、
競争に勝っていかないとならないのだろう。
だとすると、資金は多ければ多いほうがいい。

そうさ、現実の経営だってそうじゃないか。
借金はしない方がいい、借金は少ない方がいい、
そんなのはわかってる、でも、それは経営者の考えではない。

経営者にとって、金は寿命……、戦場で言うところの実弾だ。
それが尽きたら、何も打つ手がなくなる。
だから、むしろ、逆の発想……
借りられるだけ借りろ、だ。

どうせ、経営者なんて、コケたら、それで終わり。

1000万借りて、破産するも、
3000万借りて、破産するも同じこと。

たすかった……もう少しで見誤るとこだった。

講師にむかって、僕はこう宣言した。

飲茶です……限度まで

2008年05月30日

経営者育成セミナー参加日記(4)〜閃光〜


――最大限の借金をしてしまった。
――もう後戻りはできない。


「では、みなさん、資金も調達できましたので、
 早速ゲームを開始しましょう。

 まず、このゲームは、ターン制です。
 私の左隣の人から、時計回りに、
 経営者として何をするか宣言して行動していただき、
 1周して、全員の行動が終わったら1ヶ月が終了です。
 これを繰り返すことでゲームが進んでいきます。

 さて、このゲームで、経営者ができる行動は、5種類です。
 具体的には、

 (1)『材料を買う』
 (2)『商品を作る』
 (3)『商品を売る』
 (4)『イベントカードを引く』
 (5)『投資を行う』


 の5つです。
 まぁ、それぞれについて、説明するよりも、まずは実際にやってみた
 方が早いでしょう。
 ゲームの基本的な流れを把握していただくため、
 最初の3ターンは、私の言うとおりに、行動していただきます」

●(1)『材料を買う』

「では、まず材料を2個買ってみてください。
 そのためには、自分のターンが来たときに、
 『材料を2個買います』とみんなに向かって宣言します。

 はい、宣言したら、テーブルの中心をみてください。
 四角いコマが大量に山積みになっていますよね。
 あそこは材料置き場で、四角いコマが材料です。
 あのコマを2個とってきて、目の前の材料倉庫に置いてください」



「はい、そうしたら、今度は、シートに、
 材料を2個買ったことを記入してください。
 これで、1ターン目は終わりです」

●(2)『商品を作る』

「では、次のターンは、買った材料を商品に加工しましょう。
 さきほどと同様に、自分のターンが来たときに、
 『材料を2個、商品に加工します』と宣言してください。
 そして、材料倉庫にあった2個のコマを、商品倉庫に移動してください。
 商品倉庫に移動した時点で、材料のコマは、商品として扱われます」



「移動したら、シートに、加工にかかった費用を記入してください。
 はい、これで、いま、みなさん全員が、商品の在庫を2個持ちました」

「ところで、材料は、一度にいくらでも買えますが、
 商品にするには、現時点では、2個づつしかできません。
 つまり、4個材料があっても、それらすべてを商品にするには、
 最低でも2ターンかかることになります。
 2個づつしか加工できないのは、工場の規模が小さいからです。
 投資を行い、工場を大きくすれば、
 一度に加工できる材料の数がどんどん増えて行きます


●(3)『商品を売る』

「さあ、いよいよ、商品を売ってお金を稼ぎましょう。

 テーブルの真ん中をみてください。
 地区で色分けされた大きな日本地図がありますね。
 商品を売りたい人は、自分のターンのときに、
 この地図のどこでも好きな地区に商品のコマを置いて、
 売ると宣言してください。

「ためしに、私が、商品を2個、売ってみますね」

講師は、東京の地区に、商品のコマを2個置いた。

「さあ、このままでは、私の商品しかないので、
 私の独占販売となってしまいます。
 それを阻止するために、みなさんで競合商品を出してください」

講師の指示にしたがい、全員が競合商品として、
自分の商品のコマを2個、東京地区に置いた。

「では、バインダーの中に入ってる『数字の札』を出してください」



「その『数字の札』で、他の人に見えないように
 商品の値段を作ってください。
 そして、『オープン!』の掛け声で、
 みんなでいっせいに値段を見せ合います
 そのときに、一番、安い金額だった人の商品だけが、
 その値段で売れます。
 では、実際にやってみましょう」

みんな机の下で、ごそごそと、自分の商品の値段を設定する。

「いいですか?それでは、みんなでいっせいに値段を出しましょう」

オープン!

みな、最初なのでよくわからず、適当な金額の札を出し、
なかでも一番安い金額をつけていたBさんの商品が売れることとなった。

「おめでとうございます。その値段で、Bさんの商品が2個売れました。
 Bさんは、シートに売れた金額と個数を記入しておいてください」

あれ?売れなかった僕の商品はどうなるんだろう?

そう思っていると、講師は、

「売れなかった人は、商品のコマを倉庫に戻してください」

なるほど、売れなければ、商品は倉庫に戻ってくるのか。

「あの、売れた商品のコマはどうするんですか?」

商品が売れたBさんの問いかけに、講師は、

「はい、売れた商品のコマは、
 テーブル中央の材料置き場に戻してください」

と答えた。

「どうですか?これがゲームの一連の流れです。
 基本的には、今、やったことを繰り返して行うだけです。
 簡単でしょう?
 まだほかに、
 (4)『イベントカードを引く』
 (5)『投資を行う』

 がありますが、これは種類が多いので、
 バインダーの中に入ってる説明書を直接見てください。
 さて……、では、少し休憩しましょう」

こうして、僕たちは休憩時間に入った。

タバコをふかしに席を立つもの。
隣の席の人とゲームの感想について語り合うもの。
じっと説明書を読みふけっているもの。

僕は、自分の席で、ぼぉ〜っとしていた。

なるほど、面白い。ゲームとしては単純だが、
みんなで商品の値段の札を見せ合うところなんか、
いい感じで心理戦になりそうだ。
このゲームにおいて、どんな経営戦略が有効なのだろう……。


そんなことを取りとめもなく考えていたとき、そのとき……!

圧倒的ひらめきっ……!

閃光……光が……飲茶の脳を刺す……!

ゲーム開始早々、ひらめく……!


経営者殺し……!
悪魔的奇手……!


2008年06月13日

経営者育成セミナー参加日記(5)〜奇手〜


奇手!!
悪魔的奇手!!


このゲームで大勝するためには、どうすればいいか?

休憩時間中、僕は、ずっとそればかりを考えていた。

そもそも、このゲームの目的は、
材料を買い、商品を作り、市場で売り、お金を儲けること
である。

単純に考えれば、
材料費や加工費よりも、商品を高く売れば、確実に儲かる
ような気もする。

だが、これは経営戦略を学ぶゲームだ。
そう一筋縄ではいかないだろう。

おそらく、一筋縄ではいかない部分というのは……
商品を売るときに、参加者と価格競争をしなければいけない
というところだ。

みんながみんな商品を売りたいのだから、
人より安い値段をつけざるを得ない。
結局、価格競争になっていき、
実際には、売れても少ししか儲からないような
そういう低価格で商品が売られていくだろう……。

そんな価格競争にまともに参加したら、大儲けするのは難しい。

とすれば……。

まず……すぐに思いついたのは、談合だ。

つまり、価格競争のときに、みんなで口裏を合わせて
高い値段をつけて売り出せばいい。

たとえば、みんなで示し合わせて、11万円という高い値段を提示し、
ひとりだけ、10万という少し安い値段を提示すればいいのだ。

こうすれば、原価1000円の商品を、10万円で売ることだって可能だ。

こういう談合を、
「今回は、Aさんが儲ける番。
 次は、Bさんが儲ける番。次は、Cさんが……」
と、順番に繰り返していけばいい……。
これで、全員が大儲けすることができる。

が、この方法は現実的には不可能だろう。

だって、裏切られるかもしれないからだ。

たとえば、談合をやって、他人が儲かった後で、
いざ自分の番がきたときに、いきなり、相手が約束を反故して、
約束どおりの値段を出してこないかもしれない……。

そういうリスクを考えたら、談合はなかなかできない。

まして、参加者が2人、3人なら、ともかく、
こんなにたくさんの参加者がいたら、
とても談合の交渉なんかできない……。

談合で儲けるのは、まず無理だろう……。

そうすると、あとは……独占販売……か。

僕の脳裏に、講師のある言葉が強く印象に残っていた。

「さあ、このままでは、私の商品しかないので、
 私の独占販売となってしまいます。
 それを阻止するために、みなさんで競合商品を出してください」


その言葉に出てきた重要なキーワード。
独占販売……。

そう、自分が商品を出したときに、競合商品がなければ、
独占販売となり好きな値段がつけられる。
それこそ、10万円でも、20万円でも。そうなれば当然、大儲けだ。

もちろん、参加者の数から行って、
自分だけが商品の在庫を持っていて、
 他の人が商品を1個も持っていない

なんて状況が、そうそう都合よく起きることはないだろう。

でも、うまく……その状況を作り出すことさえできれば……。

自分だけが商品を持っていて、他人が商品を持っていない状況……。

僕は、思考のピントをそこに合わせ、考え続けた。

「ああ!」

……そして、あるアイデアにたどり着く……。

きっかけは違和感だった。

講師のゲームの説明のなかに、ひとつだけ、現実と合わないところがあった。

「あの、売れた商品のコマはどうするんですか?」

「はい、売れた商品のコマは、
 テーブル中央の材料置き場に戻してください」


このシーン。
これは、現実でいえば、
商品が売れた瞬間に、リサイクルされて、資源に戻される
ということになるが、ちょっと現実的ではないので、
かるい違和感を感じて印象に残っていた。

そのシーンを思い出して、ピーンときた。

ええと、待てよ。

じゃあ、ずっと商品が売れなかったらどうなるんだ???

コマは、材料に戻らないから……。

材料がなくなっていき……材料がなくなれば、
好きに商品を作ることができない!

いやいや、まてよ。
それよりも、いっそ、僕が、ぜんぶ材料を買い占めたとしたらどうだ……。

僕が商品を売らないかぎり、材料のコマは増えないのだから……
誰も、商品を作ることができない……。


「ああああ!!!」

思いついてしまえば、あまりにもシンプルな戦略。

材料買占め戦略。

材料を買い占めてしまえば、誰も商品を作ることができなくなる。
そうすれば、自分だけが商品を持っていて、他の誰も商品を持っていない、
という状況を作り出すことができる。

う……うぅ……すごいことを思いついてしまった……。

ちょ、ちょっと、待ってよ。
そのまえに、買占めってどれくらいお金がかかるんだ?

僕は、テーブルの中央に並べられた材料のコマを
目測で数え始めた……。

……うぅ……、か、買える。
……手持ちのお金で、全部買える……買えてしまう!


限度額いっぱいの借金をしていたことが功を奏した。

その気になれば、材料置き場にある材料のコマを
すべて買い占めることが可能……!

もっとも、材料置き場の材料を買い占めたところで、
みんなまだ商品(あとで材料になるコマ)を持っているのだから、
「この場に存在するすべての材料」を僕が買い占めたことにはならない。

でも……。

たとえ、そうでも、今、材料のほとんどを買い占めてしまえば、
場に流通する材料(商品)の数は、間違いなく激減する。

そうすれば、自分が商品を売るときに、誰も商品を持っていないという
状況が自然に起こるかもしれないし、また、自分の番のときに、
材料置き場に材料が残っていたら、少しずつでも買って回収していけばいい。

少なくとも、大半の材料を持っている僕が、
材料の流通を制御することができるわけで、
有利にゲームを進められるはずだ。

だが……。

本当に、そんなことをしてもいいのだろうか?

まず、ゲーム序盤から、資金の大半を使い果たすことになる。
一度、材料買占めを実行してしまったら、もう後戻りはできない。

本来、使われるであろう、設備投資、工場拡張などの資金を
すべて犠牲にして、材料買占めを行うのだ。
来年になれば、また借金して、資金を得ることができるとはいえ、
設備投資という面において、大きく出遅れることになる。

こんなゲーム序盤から、こんな大勝負をしかけてもいいのだろうか……?

「えー、次は、飲茶さんの番です」

来た!自分の番だ!

どうする!どうする!

ここは、様子見か……?
こんな序盤から、そんな思い切った手を打たなくても……。

いや、だめだ!
この戦略は、後になればなるほど、不利になる。
ターンが進み、材料が買われていけば、材料の買占めが難しくなる。

やるなら……、今……!このゲーム開始直後……!
こんな戦略を誰も想像していない、今しかない!

ぐずぐずしてたら機を逸する!!

やらなくてどうする?
勝つために……勝つために生きなくてどうする!?

行くんだ!ここは勝負だ!!


「飲茶さん?自分の行動を宣言してください」

「……材料を……買います」

「はい、いくつですか?」

「ぜんぶ」

「え?」

「あの材料置き場にある材料……全部ください!

ざわ……ざわ……

奇手!

材料買占めによる
独占販売戦略
開始!


2008年07月04日

経営者育成セミナー参加日記(6)〜嘲笑〜


「材料置き場にある材料……全部ください!」

奇手!
ゲーム開始早々、全力買い!
材料買占め戦略!


ざわ……ざわ……

僕の突飛な行動に、他の経営者たちは、みな あっけにとられていた。

「買えます……よね?」

僕は、講師に確認をとった。

「はい、良いですよ」

講師は、にこりと笑ってそういった。

かくして、大量の材料のコマが、僕の目の前に 積みあげられた。

やった!やってしまった!
これで、もう引き返せない!


あとは、市場をうまくコントロールして、
独占販売を作り出し、商品を高値で売り抜けるだけである。

いける……いけるはずだ……

限度まで借金し、
そのすべてをつぎ込んでの
買占め戦略。失敗は許されない!


ゲーム再開。

それまで和気あいあいとしていた会場の雰囲気は、
一転して、ピリピリとした空気に変わっていった。

もちろん、僕が材料を買い占めたせいだ。

おそらく、参加者の多くは、経営を学ぶゲームときかされて、
興味津々で、このゲームを楽しもうとしていたに違いない。

そこへ、変な若造が、いきなり、材料を買占めて、
他人の迷惑もかえりみず、ゲームの基盤そのものを破壊したのである。

現に、もう誰も材料を買いたくても、買うことができない。
当然、材料が無ければ、商品を作ることもできない。
したがって、商品を売ることもできない。

ゲームの流れもわかって、さぁ、これからだというときに、
せっかくのゲームが台無しにされたようなものである。

実際、ゲーム中、参加者たちは、僕に非難の目を向けていた。
材料を買いたくても買えない閉塞感を
そのまま、僕への不満として態度に示していた。

だが、僕は、彼らの非難の目をなんとも思わなかった。

なぜなら、これはゲームとはいえ、経営だからだ。

くくくくく。甘いんだよ、おまえらは。
経営は、遊びじゃないんだ。
仲良く談笑しながら、楽しむものじゃないんだよ。
むしろ、こうやって、互いの存在を
疎ましく思うぐらいでちょうどいい。


経営とは、他者と自分の生き残りを賭けた戦い。
いわば、戦争。
他を出し抜き、自分だけが儲け、
相手を叩き潰す気じゃないと、
自分の生き残りすら危うい。

経営とはそんな世界なのだ。

その修羅の世界を経験している僕が、
経営の世界の厳しさを知らない、
こんな連中に負けるはずがない。
いや、ありえない。


勝てる!絶対に勝てる!

だが、僕は、胸にチクリと突き刺すような、
なにか違和感のようなものを感じていた。

なんだろうか、それを考えてみると……思い当たったのは、
講師の態度だった。

材料をすべて買い占めると宣言したとき、
参加者は、みな、驚いた表情だったのに、
講師だけは平然としていた。

こんなふうに買占めをされて、
講師もあわてるかと思ったが、
特にそんな様子もなく、逆に「にこり」と笑って……

にこり?

僕は、講師の笑顔を思い出して、ぞっとした。
買占めを宣言したときは、興奮していて気がつかなかったが、
今になって、その笑みを思い起こせば、それは「微笑み」ではなく、
嘲笑(ちょうしょう)」の笑みだと気がついた。

あ〜あ〜、やっちゃったねw

そんな人の失敗、勘違いをあざ笑うような笑み……。

うぅぅううううぅぅぅぅう…………!

急に不安になってきた。
ま、まさか、自分はとんでもない勘違いをしているんじゃ……。
何か、落ち度、ミスがあったのか?

いやいや、材料は全部買い占めた。
誰も、これ以上、商品を作ることができない。
材料のコマがないんだから、物理的に不可能のはず

――そのとき、僕の視界にとんでもないものが飛び込んできた。

ああああああああああああああ!!

2008年07月10日

経営者育成セミナー参加日記(7)〜輸入〜


材料のコマは、全部、買い占めた……
だから、もう誰も材料を買うことができない


――はずだった

今にして思えば、なぜ、アレが目に入らなかったのだろう。

講師の斜め後ろには、小さなテーブルがおいてあり、
その上には、ゲームで使うだろうその他のカードやコマが並べてあった。

そして、その並べられているコマのなかに、

あの材料のコマが、まだまだ山積みでおいてあったのだ。

ううぅうぅう…………!
な、なんだ、あの材料のコマは……。


そう、僕は、場に見えている材料のコマを全部買い占めた。
これで誰も材料を買うことはできない。
だが、講師の後ろのテーブルには、
まだ材料のコマが山積みになっているのだ。

あれは         使うんだ……
    なんのために、
 
  なんで、気がつかなかった

予備か……?
        そうだ、予備だ……?


混乱しながらも、思いついたのは、

コマをなくしたときのために、
余分にコマを用意している


という都合の良い想像だった。
しかし、それはありえない。
予備のコマにしては、量が多すぎる。

そうして、考えている間にも、どんどんゲームは進んでいく。

もう、材料がないので、
誰も材料を買う行動もできないし、
商品を作ることもできない。

できることは、
「商品の在庫を売るか」
「設備投資をするか」
「イベントカードを引くか」
のどれかである。

そのうち、何人かはイベントカードを引いた。

イベントカードは、
保険屋がやってきたり、税務署がやってきたりと、
経営でありがちなイベントが起きて、
ちょっとしたプラス、マイナスの収支が発生するカードのようだ。

とりあえず、材料も買えないし、みんな
こぞってイベントカードを引きまくった。

えー、イベントカードを引きます……、
 引いたのは、海外輸入カードです


ある参加者が引いたカードの名前を聞いて、嫌な予感がした。
講師はカードの内容を説明した。

それは国内よりも安い値段で、
 海外から材料を買うことができるカードです^^


(ま、まさか……)

では、こちらから、好きな数だけ材料を買ってください

そう言って、講師は、
後ろのテーブルで山積みになっている材料のコマを指差した。

ぐぅぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!

僕は、場の材料のコマを全部買った。
だから、もう誰も、材料を買えないはず。
買えないはず買えないはず買えないはず

海外輸入カードだって!?

目の前で起きている現実が信じられず、
あわてて、説明書のイベントカードのページをめくると、
たしかにあった。あったのだ。

そして、さらに、ゲームは進んでいく。

次々とイベントカードが引かれ、 何回目かの海外輸入カードが出た。

どうも、そのカードは1枚だけではないらしい。

目の前が真っ暗になった……。

(ちょ、ちょっと、待てよ。
 そのカードで買われたコマは最終的にどうなるんだ。)

講師に質問しようかどうか迷っていると、
僕の視線を感じた講師は、
まるで見透かしたかのように、こう言った。

「海外輸入カードで買われた材料コマも、
 商品として売れたときは、場の材料置き場に戻ります」

ぐにゃああああああああああああああ!

なんだよ!
海外から買ったんだから、海外にもどせよ!
ていうか、なんだよ、そのルールは!
別に最初から同じ場所において
おけばいいじゃないか!!


立ち上がって、そう叫びたかったが、
いまさら何を言っても、後の祭りである。
そういう「ルール」なのだから、どうしようもない。

すでに、輸入カードで、大量の材料が買い込まれている。
しばらくしたら、大量の材料が、材料置き場に戻されていくだろう。

結局、限度まで借金し、
その全てをつぎ込んで勝負した買占め戦略は、
完全に破綻したのだった。


2008年07月12日

経営者育成セミナー参加日記(8)〜例外〜


経営で、いや、人が生きていくうえで
もっとも恐れるべきこと、
それは、「例外」という名の悪魔の存在。

情報をもとにして、綿密に、論理的に、慎重に、
思索を重ね、積み上げた勝ちのルート。

ぜったい、これでいけるはず、これで勝てるはず……
なんども、なんども、考えなおし、
すべてのリスクを計算し、
「いける!」と判断し、すべてを賭けたとき、
明かされる新事実。

その場合は、こういう特殊なことがおきるのです

あぐぅぅうううう!

僕は、買占め戦略が破綻したとき、
なぜか、ずっと、
ニチモウのときの「差金事件」のことを思い出していた。

あのとき、僕は、プラスになるはずだった。
今までの株の損失を、一気に取り戻せるはずだった。

天井知らずに、上昇しつづけるニチモウの株価。
含み益は、とうとう、自分の今までのマイナス分を上回った!

すべてが順調だった。あとは、ただ、株を売れば良いだけ。
いつものように、いままでやってきたように、
ただ株を売れば良いだけ。

今までの株取引のマイナスが、プラスに反転する。
そんな株人生最大の転機。その勝利は目前。

でも、そのとき、例外が起きた。

詳細は省くが、「1日1回しかできない行動」があり、
僕は、その日、まだその行動をしていなかった。

だから、「その行動ができる」と当然のように考える。
その行動を戦略として組み込み、勝ちのルートを模索する。

それは、何も特別な行動ではなかった。
毎日1回、当たり前のようにやっていたことだった。

それなのに……。

運命の日、いざ、その行動を実行しようとしたとき、
決算前の27日と28日は、同日として扱う
という例外的なルールがあることが明らかになる。

今日は、その例外的な一日であり、昨日、その行動をすでに
していたため、今日はもう、その行動をすることができなかった。
そして、そのせいで、株を売ることができなくなったのだ。

目の前が真っ暗になった。なぜ!?なんで!?

結局、僕は、その「例外」ルールのせいで、
株を売って、お金にすることができなかった。
そして、売れない間に、ニチモウの株は、大暴落し、
落ち込む株価を僕はただ呆然と眺めるしかなかった。

こんなふうに、突然、認識の外側からやってくる
「例外」という名の悪魔。
人生を劇的に変えようと大勝負をしたときにかぎって、
そいつがやってきて、僕の脚をひっぱり、
闇のなかにひきずりこもうとするのだ。

365日のなかに潜んでいた例外的な1日。爆弾。地雷。
今までずっと売買していて、なにも意識することなく、
問題なく通り過ぎてきたはずなのに
今日に限って……
人生を変える大勝負のときに限って……

くそ!くそ!くそ!
なんで、 こんな理不尽なことが
オレの身ばかりに……!


これは経営のゲームとはいえ、
現実の経営をシミュレートした現実の戦い、
ゆえにこのゲームで負けるようなやつは、
現実の経営でも同様に負けるのだろう、
なぜか、そんな直感がしていた。

うぅぅううううぅううう、も、もう、駄目だ……!
自分はやっぱり経営者の才能がないんだ……!
絶対、失敗する……
現実の経営でも絶対失敗する……っ!


そして、茫然自失のまま、ゲームの中で、一年が経過した。

飲茶の会社は、はじめての決算をむかえた。

2008年07月28日

経営者育成セミナー参加日記(9)〜決算〜


一年が経過し、はじめての決算をむかえた。

それでは、みなさん、1年間の経営活動を
 決算報告書としてまとめてみましょう


ここで、ゲームはいったん中断となり、
参加者たちは、自分の会社の「決算報告書」を
作成することになった。

ところで、

いくつ材料を買って、いくつ商品に加工したか……
商品をどんな値段でいくつ売ったか……

などの情報は、ゲーム中に、専用シートに自分でメモっておくのだが、
このメモにもとづいて、収支を計算し、決算報告書を作成するのである。

もちろん、ほとんどの参加者が、 決算報告書の作成は初めてで、
「作り方がわからない」という人の方が多かったが、
とにかく取扱説明書の手順にしたがって、 決算報告書を作っていくのだった。

みなさん、書き終わりましたか?
 では、講義をはじめたいと思います


全員の決算報告書が完成したところで、突然、講師が
決算報告書の見方」という題名の講義をはじめた。

今にして思えば、なるほど、
よく考えられた良いセミナーだったと思う。

もし、学校の授業のような形式で、朝から机の上にずっと座って、
普通に決算報告書の講義を聞くだけだったら、
おそらく、興味や集中力を持続させることができず、
その大半をほとんど眠りながら聞いていただろう。

だが、こうして、実際に、会社を経営させて、
自分自身で決算報告書を作らせた後であれば、
決算報告書の講義を、興味を持って聞くことができる。

それに、今やっている経営ゲームで勝つためには、
決算報告書の内容をきちんと理解して、
「会社の経営状態」を正確に把握する必要があるのだから、
みんな、真剣に聞かざるを得ない。

セミナーを主催する側の思う壺で悔しいが、
実際に、みんな集中して講義に聞き入っていたし、
眠そうにしている人は、ひとりもいなかった。

やっぱり、自分で電卓を叩きながら、
計算して作ったからだろうか、本を買って読んでも、
まったくピンとこなかった決算報告書の内容が、
実感をともなって、理解することができたような気がする。

(ちなみに、僕の場合、決算報告書は、作成も分析も、
 ぜんぶ税理士さんにおまかせしていて、
 自分で作ったことは一度もないので、本当に良い勉強になった)

とまあ、かなり有意義で素晴らしいセミナーだったのだが、
そう思えたのは、家に帰って冷静になってからの話であって、
そのときの僕は、絶望感でパニック状態に陥っていた。

まず、僕は、1年が経ったことで、
ゲーム開始時に、最大限に借りた借金の利息を
支払わなくてはならなかった。
もちろん、手持ちの現金のほとんどは、材料を買い占めるのに、
使ってしまったので、当然、借金の利息を支払うことなんてできない。

世間では、そういう状態のことをなんと呼ぶだろうか?

人は、それを破産と呼ぶ。

もしくは、破滅……敗者……
負け犬……樹海行き……。


飲茶、経営ゲーム開始1年目にして、ものの見事に破産。

他の参加者たちは、とりあえず手探りで1年間、経営をやってみて、
やっとゲームのルールや仕組みを理解してきた、というところだろう。
そして、さぁ、これから、本格的に、経営ゲームを開始しようと
意気込んでいるところだろう。
そんなときに、飲茶はすでに破産である。

だが、幸か不幸か、このゲームには、破産がなかった。

つまり、借金の利息が払えなくても、払えない不足分は、
新たな借金として上積みされるだけで、経営を続けることができるのだ。

それどころか、さらに借金をすることもできた。

現金ゼロの一文無しで、返すあてのない大きな借金を抱えて、
利息すら払えないのに、新たに借金をすることができるのだ。

これで、一応、借金まみれながらも、
現金(運転資金)を手にすることができる!
次の年に望みをつなげることができる!

なんとかしなきゃ……なんとかしなきゃ……。
この手持ちの資金で、今度こそ、利益を出して、
少しづつでも借金を減らしていかないと……!


だが、ルール上、破産状態のときに借りられる金額は、
ほんの少しのスズメの涙でしかなく、
どう考えても十分な資金とはいえなかった。

もし……来年……この資金を元手に、利益を出すことができなかったら……
いや、仮に、利益を出せても、借金の利息分より少なかったら……
ううぅ、さらに、借金の額が増えることになる……
そして、次の年の運営資金を得るために、またさらに借金をすることに……
すると、支払うべき利息の金額が、前の年よりも増えることになって……
年を重ねるごとに、ますます、ハードルは高くなっていき……


ぐううううううっっ!
どう考えても、借金の額が雪だるま式に
膨れ上がる未来しか想像することができない!


僕は、口を半開きにして、うつろな目で、

おわた、おわたよ、完全におわたよ……

と、ブツブツつぶやいていた。
もし、参加者の中に、霊視ができる人がいたら、
半開きになった口から、魂が半分、ぬけ出ているのが見えたことだろう。

ここから逆転なんて絶対無理だよ……
いっそ、破産させてくれよ……
ああ、もう帰りたい……


そう思っていたとき、

…………ああ!!

そのとき、飲茶の脳裏に、ひらめきが走った。

突然の神からの啓示。
4文字の漢字が、飲茶の脳に、浮かび上がる!


粉 飾 決 算

そうだ。そうだよ。
決算は、自己申告で、自分で作るものだから、
数字を都合の良いように、書き換えちゃえばいいんだよ!
たとえば、借金のゼロをひとつ減らしたりとか。
売れてないけど、商品を売ったことにして、
架空の売り上げを……


あぐぐぐぐううううっっ!!

我に返って、自分の考えにぞっとした。

自分は、なんということを考えていたんだ!
それは、だめ!経営者として、いや、人として、
それだけは絶対にしちゃいけない!
くそ!くそ!くそ!どうかしてる!!


頭を抱え、涙を流しながら、自己嫌悪。
そうしている間にも、講義は終了し、
経営ゲームは再開されるのだった。

経営戦略ゲーム、2年目開始!

2008年08月11日

経営者育成セミナー参加日記(10)〜カード〜


経営戦略ゲーム、再開!

1年目、手探りで進めてきた経営ゲームも、
やっと慣れてきたところである。

そして、2年目、
(僕以外の)参加者たちは、ついに勝負をしかけてきた。

(僕以外の)参加者たちの知略の限りを尽くした
熱い経営バトルがついに幕を開けたのだった。

まず、最初に、ある経営者が、莫大な金額を
自分の工場に投資し、大幅に設備を増強
工場を大きくすると、一度に生産できる商品の数が増えるのだ!

すると、負けじと、別の経営者たちも、続々と、
大金をつぎ込んで、自分の工場を増強しはじめた。

2年目幕開けと同時に始まった
工場の設備投資合戦!

そして、設備投資で増強された大工場に、
次から次へと、材料が運ばれる。
工場の機械がフル回転し、
大量の商品が一気に製造されていくさまは、
まるで、日本の高度経済成長期をみてるようだった。

そうして、作られた商品は、市場に流され、入札合戦

市場で儲けたお金で、さらに、工場を大きくし、
材料を買い込み……という具合に、
2年目開始時に、気前良く設備投資にお金をかけた経営者たちは、
すでに、プラスのスパイラルに入りつつあった。

それをみて、「まだ様子見」を決め込んで、
2年目開始にスタートダッシュをかけていなかった経営者たちも、
あせりだしたのか、次々と設備投資をはじめていった。

一方、僕はと言えば……。

1年目で、すでに破産同然の状況。
工場に投資できる余裕なんてなかった。

僕にできることと言えば、
借金して得たわずかな現金を加工費として支払って、
大量に買い込んだ材料を、すこしづつ、
商品に加工していくことぐらいである。

もちろん、工場は小さいままだから、
1ヶ月(1ターン)の間、工場をフル回転させても、
作れる商品は2個にすぎない。

僕は、大量に積みあがった材料の山を見上げながら、
毎月2個ずつ商品に加工すると……全部、加工し終わるには
と計算をはじめた。
その結果、とんでもない年数がはじき出され、
そ、そのころ、おれ、いくつだ……!?
と思わず、気が遠くなりそうだった。

なにか、一発逆転できるようなイベントカードはないのか!

そう思って、必死に、取扱説明書のページをめくると……

あった……。

「材料輸出」のイベントカード。

自分の倉庫にある材料を、買い値より少し高い金額で、
売ることができるイベントカードだ。

このカードを使えば、倉庫に大量に積みあがっている材料を
すべて現金に戻すことができる!
しかも、買い値より高く売れる!


そもそも、今、問題なのは、勘違いして材料を大量購入して、
現金のほとんどを失くしてしまい、
何の身動きも取れなくなっている」ということだ。

でも、もし、倉庫にある材料をすべて現金に戻せれば、
最初にやってしまった「買占め戦略の失敗」を
なかったことにできる!
すべてリセット!再出発可能!


これだ!『材料輸出』カード!
 このカードを引けばいいんだ!

やっと見つけた希望の光。
このカードを次のターンで引けば、すぐさま復活だ。
多少出遅れてはいるが、十分に挽回可能!
自分は、まだ終わってなどいなかったのだ。

だが、説明書のページをさらにめくると、
とんでもないカードがあることがわかった。

「火事」のイベントカード。

そのカードを引くと、倉庫の材料が、
火事ですべて燃えてしまったことになり、
持っている材料をすべて 材料置き場に戻さなければならない。

一応、「保険」のイベントカードを引いて、
あらかじめ保険を支払っていれば、
火事カードを回避することができるのだが……。

ちょ、ちょ、ちょっとまってよ……!!
倉庫の材料がすべてなくなる……だって!?


自分は、たしかに、材料買占め戦略に失敗した。
でも、実のところ、決して損をしたわけではない。
ただ、「お金」が「材料」に、変わっただけなのだ。

たしかに、借金の利息が支払えず、破産はしたが、
材料を差し押さえられたわけでもないし、
銀行から融資をさらに受けることもできるわけで、
破産といっても、あくまで形式的な話にすぎない。

それに。
よくよく考えてみると、倉庫に眠っている材料に
買った金額分の資産価値がある」と認めるのなら、
資産的には、それほど悪い状況ではなかったりする。

結局のところ、
材料を買いすぎて、動かせる現金がなくなってしまった
というだけの話で、
「材料」が、元の「お金」に戻せれば、万事解決する
という程度の状況なのだ。

だが……。

もし、「材料輸出」カードや「保険」カードではなく、
「火事」カードの方を先に引いてしまったとしたら……
その「材料」が、火事ですべて無くなる、ということで……
それはつまり、
「限界まで借金したそのお金」が、なくなる、ということ、
それはつまり、
借金して得たお金をただドブに捨てた、ということ……。

その想像にぞっとした。

無一文。
そして、ただ残るは、莫大な借金。
それはあまりにも、決定的……
決定的すぎる完璧な破滅!


はい、次は、飲茶さんの番ですよ

いつの間にか、自分の番だった。講師がよびかける。

どうする?ここは、目をつぶって、
材料輸出カードを引くことに賭けるか?

いやいや!だめ!絶対、だめだ!
「火事」カードを引いてしまったら…………
すべてが終わってしまう。
そうなったら、今度こそ、本当の破産。挽回不可能。
もう生命保険に入って、死んでお金を返す以外に道のない
完全な樹海行きコースじゃないか。

だめだ!やっぱり、イベントカードを引くという選択は、
あまりにもリスクが高すぎる!


でも!でもっ……!それでもっ……!

それでも、やっぱり、ことここに到っては、
もはや、材料輸出カードを引くしか道が無いんじゃないか……!?

逆転の可能性は、材料輸出カードを引くことだけ。
「処理しきれない大量の材料をイベントカードで、現金化する」
という方法しかないんじゃないのか!?


うぐぐぐっぐぐっぐぐうっぐぐっぐう(ぼろぼろ)

……どうしました?飲茶さんの番ですよ

再び、講師がよびかける。

カードだ、やはりカードを引くしかないんだ……
ううぅ……でも……、
万が一にも、「火事」カードを引いてしまったら……。


いいや、恐れるな!引くんだ!恐れを乗り越えろ!
もう、自分には、カードを引くという選択しか
残されていないんだ!


たとえ、その先が、破滅であっても……!

引いてやる!カードを引いてやる!
カードカードカードカードカードカードカード
カードカードカードカードカードカードカード
カードカードを引くと言うぞ!

「カ…………!」


2008年09月30日

経営者育成セミナー参加日記(11)〜隙〜


火事のイベントカードを引いてしまったら、即座に破滅。
しかし、もはや、逆転の可能性は、材料輸出カードを引いて、
抱えている大量の材料を現金化すること、それ以外に無い。

それ以外に選択肢がないのだから、どんなリスクがあろうと、
ここは目をつぶって、カードを引くしかない!

そうさ!このまま、座して……まるで死んでいるかのように、
無為なときを過ごすぐらいなら、逆転の可能性を信じて、
破滅という業火の中へ飛び込んだ方が、どれだけマシか……!

だから、失敗を……リスクを……恐れるな!

「どうしました?飲茶さん、次の行動を宣言してください」

次の行動を催促する講師。もう心は決まっていた。

カ…………!

だが……。

カードを引きます……、講師にそう言いながら、
カードに向かって手を伸ばしたとき、
僕は、見てしまった……。講師の輝くような笑みを……。

にこにこにこにこ……

もともと、講師は、ゲーム中は、基本的に愛想よく、ずっと微笑んでいる。
だから、講師が笑顔でいること自体は、それほど不思議なことではない。
だが、なぜだろう……僕がカードを引きますと言おうとしたそのとき、
まるで灯りがついたかのように、その笑顔がぱっと輝いたように見えたのだ。
そして、その笑顔が、僕には、悪魔的でおぞましいものに見えた。

ニコニコニコニコ……

う、ううぅぅぅっぅうぅぅぅ………
な、なんなんだ、この感覚は……?


僕は、即座に、自分の中に芽生えた違和感の原因を探った。
そして、ある結論にたどり着く。

……そうか……この講師は……こいつは、すべてわかっているんだ
今、僕が、何を考え、何を恐れ、何に怯えているかを……

生き残りをかけて、材料輸出カードを引くしかないことも……
火事カードを引いて破滅することを恐れていることも……


それは、そうだ。彼は講師だ。このゲームのルールは、
当然のごとく、熟知しているに決まっている。

ニヤニヤニヤニヤ……

く、くそ……こいつ!愉しんでやがる!

もしかしたら、それは、ただの被害妄想だったのかもしれない。
だが、僕には、講師の笑顔の裏に「他人の破滅を楽しむ歪んだ愉悦
があることをはっきりと感じとっていた。

後になって、冷静に考えるなら、その気持ちは、わからなくもない。
だって、限界まで借金して、買占めのつもりで買い込んだ材料が、
一瞬にして、火事で消滅するなんて大破滅、
はっきりいってネタ以外の何物でもない。
おそらく、経営戦略ゲーム始まって以来のことだろう。

実際、もしそうなったら、きっと、参加者たちは、あまりの破滅っぷりに、
大爆笑するだろう。場は笑いに包まれ、盛り上がるに違いない。
そして、講師は、この破滅エピソードを後々まで笑い話として
語り継いでいくだろう。

他人の不幸は蜜の味。
しかも、それが、
決定的な大破滅であれば、なおさらのこと。


くそくそくそ!

材料を2個、商品に加工します!

僕は、吐き捨てるように言った。

講師は、「……わかりました」と
意外そうに、そして、残念そうに言った。

ほらみろ、やっぱり、そうだ。
こいつは、俺が、破滅することを……
愉快な大破滅が起きるのを……
心待ちにしていやがるんだ!


くそくそくそ!腹立たしい!

万が一、火事カードを引いて、講師の望む展開になったらと思うと、
悔しくてたまらない……!

…………!

待てよ!もしかして、それ……
逆手にとれないか!?


突如、飲茶の脳裏に、ひらめきが走る!

えーと、えーと……

今、場にあるカードの山の中に、
火事カードが何枚、入っているか、自分は知らない。
1枚なのか、2枚なのか、それとも、3枚なのか。
まったくわからない。不明だ。

だが、もし、火事カードが2枚しかないとして、
そのことを、もし自分が知っているとしたらどうだ?

決まってる。火事カードは2枚しかないのだから、
他の人が、2枚目の火事カードを引くまで、黙って待てばいい。

2枚目の火事カードがでたら、
もう、火事カードがでる可能性は0%なのだから……
完全にセーフティ!
破滅の心配もなく、カードを引くことができる!

つまり、カードの山の中に、火事カードが何枚あるかを知っていれば、
こういう方法で、リスクをゼロにすることが可能だ。

だが、僕たち、ゲーム参加者には、その情報は知らされていないので、
実際には、その方法はできない……。

だが!

おそらく、その情報を知っている人間が、ここにひとりいる……!

講師だ!

やつは、きっと知っている。
もちろん絶対ではないが、知っている可能性は高い。

もしだ。
仮に、火事カードが2枚しかないとして、他の人が、2枚目を引いたとき……
講師だけは、火事カードがもう二度と出ないことを知っているはずだから、
きっと、がっかりするはず。
もしくは、僕が、カードを引こうとするとき、
さっきのような笑顔にはならないはず……。
だって、ヤツが、望む面白いことは、もはや起きないのだから。

うう……、い、いける……!

参加者ではない講師の表情から、
カードの情報を読み取ろうなんて、まさに「理外の理」。
講師だって、思いもよらないはずだ。

それに実際、今まで、何度も、講師の表情や態度から、
ゲームのヒントを得てきた……!
そう……明らかに、ヤツには隙がある……!
それは「自分はゲームの参加者じゃない」というココロの隙……!
それを今度は、積極的に利用してやるのだ……!

それに、だいたい、
他人の破滅を願って笑みがこぼれるようなヤツの
思い通りになってたまるかよ……!
逆に、その笑みを利用して、のし上がってやる……!

それにしても……

と飲茶は思う。

ついさっきまでの自分は、
運否天賦、一か八かでカードを引くしかないと思っていた。
だから、目をつぶってカードを引くしかないと考えていた。
それ以外に、ありえないと思っていた。

でも、実際には、こんなふうに、
生き残るための確率を高める「戦略」があったのだ。

あきらめなければ、どんな状況であろうと、
勝つ道は必ずあるということなのか!


あきらめなければ……あきらめなければ……!

2009年08月30日

経営者育成セミナー参加日記(12)〜走馬灯〜


講師の表情から、
火事カードの枚数を推察する!
奇策! まさに理外の理!


ほんのついさっきまでは、
「破滅するか生き延びるか」という
「生き死にの勝負」を運否天賦でするしかない、

と思っていた。

だが、それでも、
それに賭けるしか生き残る道はないのだから、
リスクを恐れず、目をつぶってカードを引くしかない、

と思っていた。

しかし……!
今の自分には、決して運否天賦ではなく、
生き残る確率を高めるための「」がある!

救いだった……。

こんなにも、気持ちが違うものなのか。

無為無策のまま運まかせで、
目をつぶって勝負するしかないという状況と、
「勝つ確率を高める理」を持って勝負に挑めるという状況。

前者の状況では、絶望的な気持ちにしかならないが、
後者の状況では、勇気が希望がわいてくる。

精神的には、雲泥の差。

もちろん、その「講師の表情からカードの残数を推察する」
という「理」は、確実に勝てる保障のあるものではない。

講師が、突然、表情の変化を見せなくなるかもしれないし、
なかなか火事カードが他の人に引かれず、
ターンがどんどん過ぎていく可能性だってある。

でも、それでもだ!
何の「理」も持たず、「生か死か」「一か八か」で、
闇雲にカードを引くよりは、絶対にマシだ!


それよりもまだ、
早いターンで、誰かが火事カードを引いてくれる
という可能性に賭けた方がいいだろう。
実際、同じ運任せの勝負をするにしても、
そっち方が格段にリスクが少ない。

だって最悪ケースで、誰も火事カードを引かなかったとしても、
こっちは何も破滅するというわけではないのだ。

すなわち、ノーリスク。

リスクがないのだから、
誰かが火事カードを先に引いてくれる可能性
に賭けてみて損はない。

もちろん……。そうは言っても、
誰も火事カードを引かず、ただ時間だけが過ぎ去る
という最悪ケースの可能性は、厳然として存在しており、
あまりにターンが過ぎてしまえば、
他の経営者と大差がついてしまい、
もはや逆転不可能という事態になって
しまうかもしれない。

その意味では、ノーリスクといいつつも、
無為にターンを消費してしまい、
 破滅しないまでも、勝てない状況に陥ってしまう

というリスクは存在するだろう。

では、そういう最悪ケースが起きたときはどうするか?

そうだな……。
そのときは、せめて、1枚でもいいから、
誰かが火事カードを引いた後に、
カードを引くことにしよう……。

火事カードの数は、有限なのだから、
誰かが引いた後に、引くというだけでも、
多少は勝つ確率……火事カードを引かない確率が
高められるはずだ……。火事カードが1枚しかないという
可能性だってあるわけだし……。


このとき、僕は、
自分は冴えている、と思っていた。
あらゆる可能性を吟味し、最善の方法を
導き出していると思っていた。

また、この土壇場、絶望的な状況の中で、
確実ではないまでも、勝つ確率を高める理を
思いつくことが出来たということに陶酔し、
自分はなんて素晴らしいのだろうと、
悦にひたっていた。

だが……。
すぐに思い知らされることになる。
自分の浅はかさを……!


それから数ターンが過ぎ、
参加者のひとりが引いたイベントカード。

「材料転売カード」

ぐ……ぐっぐぐっぐぐうううっ!

それは、僕が喉から手が出るほど欲しいカード。
生き残りの鍵を握るカード。


「材料転売カードですね。
 ○○さん、材料を転売しますか?
 買い値より高く売れますよ」

講師が、カードを引いた参加者に問いかける。

だが、そのカードを引いた彼は、少し悩んだ後、
「えーと、売りません」と言って、
そのカードを使わず、捨ててしまった!

ぐっぐぐっぐぐぐぐぐっぐうぐっぐ!

無理もない。今は、高度経済成長期
モノを作れば、作っただけ売れるという狂乱の時
多少の利益が出るからといって、材料を転売するよりは、
普通に商品にして、売った方が儲かる。
だから、材料転売カードは必要ない。
そういう判断なのだろう。

でも、それは、自分にとっては、
生き死に関わる重要なカードなのだ。
なんとしてでも手に入れなくてはならないカード。


もちろん、自分以外の人たちが、
どんどんカードを引いているのだから、
当然、自分以外の人たちが、材料転売カードを引くことだって
あるだろう。あるに決まってる。

そうさ。これは、想定どおり。想定の範囲内の出来事。

だが、僕の内心は穏やかではなかった。

自分が喉から手が出るほど欲しかったカードが、
目の前で他人に引かれてしまったのだから!

そして、さらに数ターンが過ぎ、別の人が、
また「材料転売カード」を引く!

そして、またもや「使いません」と言って、捨てる!

うおお!こ、こいつ、人が欲しいカードをそんなまるで、
使えないゴミみたいに!!くそ!くそ!くそ!
そのカードを俺が引いていれば……!


ここで、僕はあるとんでもない事実に気がつく。

ま、待てよ……そうだ……
「火事」カードが何枚あるかわからないが、
「材料転売」カードだって何枚あるかわからないじゃないか!

し、しまった! そうだ、そうだよ!
材料転売カードが引かれまくって、
カードの山の中から、なくなってしまう可能性もあったんだ。

も、もし、さっき引いたカードが最後の材料転売カードだったら……、


ううううううううううっうううううううう

やばい!やばい!もしそうだとしたら、
もう逆転の可能性はゼロ、
カードを引いても、ただリスクだけがあるのみ……。


すなわち、ノーリターン!

「飲茶さんの番です……どうしますか?」

見上げると、講師が、例の笑顔でこちらをみていた。

にやにやにやにや。

いいの……?はやく引かないと
なくなっちゃうよ……(笑)


そんな全てを見透かしたかのような講師の笑顔を見て、
僕は、頭にかぁーっと血がのぼった。

だ、だめだ!うかうかしてちゃだめだ!
引くんだ!カードを引くんだ!
材料転売カードがなくなってしまう!


カードを引きます!

そう言い掛けた、そのとき

うわぁわぁわああああん!(>△<)
おわた、おわたよ!
完全におわたよ!(T△T)


うぉぉぉぉおお!!買戻し!買戻しだ!
まだまだ上がるよ!爆上げするよ!


いちや100%!!

なぜかそのとき、僕の脳裏に、かつて、
株で大失敗した数々の記憶が走馬灯のように流れていった。

な、なぜこんなときに、
今までの株の失敗を思い出す?
どうして……?


今までの敗北の記憶が、脳内を駆け巡る。

そして、その走馬灯は、最後に、
この経営戦略ゲームで、顔を真っ赤にして
カードに向かって手を伸ばそうとしている今の自分の姿まで
たどり着く。

僕は気づいた。この愚かしい行為に……。

俺は……今……何をしようとしていた?
カードを引く……だって?


さっきまで、冷静に、クレバーに、
火事カードを引いた人の後に、カードを引く
と決めていたじゃないか。

それが、いつのまにか、
材料転売カードを引いた人の後に、カードを引く
ということに……。

ありえない。ありえない逆走……。

な、なんなんだ、これは、なぜいつのまに
こんなことに……!?

いや、そうか……そういうことか……
これは……株と同じ……。


移動平均線からこれだけ乖離して、
これだけ割安になったら、この株を買おう(^△^)

完璧な計算……完璧な理……。

株を買うときはいつも、
そういう「理」を持って挑んできた。
そして、その「理」に従う限りは、
大怪我……大損害……
そういうのはありえないはずだった。

しかし、往々にして、株は自分の思い通りにはならない。

なるべく、リスクを少なくしようと、割安の株価が、
さらに安い金額まで下がるのを待っているときに……、
突然、チャートが反転……!
1株も買えないまま、株価が急騰……!


株をやっている人からすれば、
そんなことは日常茶飯事のよくある出来事。

だが、そんなとき、いつも自分は冷静ではいられなかった。

なんだよ!ちくしょう!なんで上がるんだよ!
だから、あそこで買っていれば良かったんだよ!
そうしたら、今頃……! ああ、もう!!
上がるってことは、ちゃんとわかっていたのに!
それなのに!あああああああああ悔しい!


そして、その悔しさのあまり、
急騰する株価を追いかけて、成り行き買い……。

くそ!くそ!今ならまだ間に合う!
買いだよ!買い!


ありえない。ありえない逆走……。

できるだけリスクを減らそうと、
割安株がさらに割安になるのを
クレバーに待ち続けていたはずなのに……。
それがいつのまにか、高値づかみ……。

そして、その後に続くのは、
後悔……自己嫌悪……損切り……
お決まりのパターン。


そうだ……自分は何度もそれを繰り返してきた……。

手に入れることができなかった利益を
損失」だと考えてしまう、思考回路の悪癖
そして、その「本来存在していない架空の損失」を取り返そうと、
考えられないような高いリスクをとった勝負に出てしまう、
自制心の無さ

これが、自分が、株で負ける理由であり、
負け続けてきた理由なのだ。

そして、今、経営戦略ゲームで、
カードに手を伸ばそうとしている自分。

まるで同じじゃないか……。
株で負け続けていたときと……。


しばらく、株式取引から遠ざかって、
起業し、会社の経営をがんばってきたけど、

うぐぐっぐっぐっぐぐ!
本質は、何も変わっていなかったのだ……。
そこを変えなければ、経営ゲームでも、
現実の経営でも、遅かれ早かれ……

負ける……破滅する……!
あぐぐぐぐううううううううううう(ぼろぼろ)


「飲茶さん、どうしました?」

講師が声をかける。

だめだ。ここで、カードを引くのは駄目。絶対駄目。
待て……待つんだ……。勝負の熱に流されるな……。


僕は、両手を握り締め、肩を震わせて、宣言した。

パスします

今、カードを引いてしまったら……。
結果はどうあれ、きっと、自分は近い将来、
現実の経営で失敗し、破滅してしまうだろう、
そんな直感を全身で感じ取っていた。

今は、とにかく、頭を冷やすんだ……。

僕は、何があろうと、3ターンは、
パスし続けることを心に決めた。

その間にも、他の参加者たちは、
次々と商品を製造しては市場に売り出し、
着実に利益を上げ、資産を増やしていく。

みな楽しそうだった。

たぶん……。

そんな彼らの楽しげな経営を、
ただ呆然と見ていただけだったからこそ、
いち早く、異変に気づくことができたのかもしれない。

え?ちょっと待って、みんな、なにやってるんだ!?
 いったい、どうしちゃったんだよ!?


市場では、信じられない異様な事態が起きていた。

2009年09月04日

経営者育成セミナー参加日記(13)〜価格破壊〜


え?ちょっと待って、みんな、なにやってるんだよ!?

市場では、信じられない異様な事態が起きていた……。


そもそも、この経営戦略ゲームで利益を上げる方法とは何か?
それは、いたって単純な話。

「材料」を買い、「商品」に加工し、「市場」で売る。

たったこれだけのことである。

だが、実際には、そう簡単に事は進まない。
なぜなら、競争相手がいるからだ。

たとえば、自分のターンのときに、「商品を売ります」と宣言したとする。
すると、僕は自分の商品を
テーブルの中央にある「市場(巨大な日本地図)」の上に置いて
売りに出すことができる。

もし、ここで市場に置かれる商品が、
自分のものだけならば僕の独占販売となり、
僕は好きな値段をつけて大儲けすることができるのだが、
実際にはそんなことは起こりえない。

なぜなら、講師がみんなにこう問いかけるからだ。

競合商品を出すひとはいませんか?

もちろん、その言葉にそうはさせじと他の経営者が、
次々と名乗りをあげ、競合商品を市場に投入してくる。

こうして、「日本地図(市場)」の上には
大量の商品の山が置かれることになるわけだが……、
当然、それらの商品がすべて売れる、ということはない。

市場には「需要」というものがあり、売れる商品の数は限られているからだ。

そして、ここでの最大の問題は、その「需要」に比べて、
市場に置かれている商品の数が非常に多い、
ということである。

つまり

需要 < 供給

という状態。

ようは、需要として10万個しか売れない市場に、
100万個以上の商品が供給されている状態なのである。

こうなると、当然のごとく始まるのが……価格競争

参加者全員が、同じ商品を作り、
参加者全員が、同じ商品を市場に売り出しているのだから、
当然、安い値段のものから売れていき、
高い値段のものは売れ残り在庫となる。

当たり前の市場のルール。
別に何も不思議はないだろう。

だが、その当たり前の、単純な市場のルールが、
驚くべき事態を引き起こす。

たとえば、今回、みんなが作っている商品が携帯電話だったとしよう。
それを1個作るのに、5000円掛かったとする。

そして、それを市場で8000円で売ったとしよう。
原価5000円のものを、8000円で売るのだから、
1個売れるたびに、3000円の儲けが出ることになる。

だが、自分も含めて、他の経営者みんなが同じ条件なのだ……
するとどうなるだろうか……。

講師「では、オープンプライス

市場では講師のかけ声を合図に、みんなが、商品の値札を開示する。

A「8000円」
B「8000円」
C「7900円」

講師「はい、Cさんの商品が売れました

こんなふうに、一番安い値段をつけたCさんの商品が、
優先的に売られることになるのだ。

さてここで、Cさんは儲けることができたわけだが、
8000円を提示したAさんとBさんは売れなかったので、
商品は在庫として、倉庫に戻されることになる。
もちろん、Cさん以外は、一銭も儲からない。
Cさんの一人勝ちだ。

しかし当然、みんなだって、Cさんのように儲けたいわけだから、
次の競売のときには、みんなも価格を下げて、
7900円の値段を提示するようになる。

だが、それも長くは続かない。しばらくすれば……。

講師「では、オープンプライス」

A「7800円」
B「7900円」
C「7900円」

講師「はい、Aさんの商品が売れました」

という形で、徐々に値段が下がっていく。

他の人より、値段を下げなければ売れない。
売れなければ儲からない。
儲けるためには、他の人より安い値段を
つけなければならない。

そんな意識が、低価格化に拍車をかけていく。

A「さっき、7800円で売れたよな。
 じゃあ、次は、7700円で売りに出そうか。
 いや、それはみんなやるから、裏をかいて、7600円か?
 いや、いっそ、7500円で出すか


講師「では、オープンプライス」

A「7500円」
B「7400円」
C「7200円」

講師「はい、Cさんの商品が売れました」

A「うおおーー!そうきたかーw」
B「いやぁ、そろそろ、7500くると思ってたんだけどなあw」
C「あはははは、みんなわるいねえww」

こうして、いつしか市場の競売は、
相手が下げてくるであろう値段を推測して、
さらにそれより値段を下げる
」というゲームに変わっていく……。

ちなみに、これはやってみるとかなり楽しいし、意外に燃えるゲームである。
自分の予想通りの金額を相手が出して、
そのぎりぎりで勝ったときの喜びは格別なものである。

だが……。

講師「では、オープンプライス」

A「5100円」
B「5200円」
C「5100円」

講師「はい、5100円が最低価格です。AさんとCさんは同価格ですが、
 Aさんが親(売りますと宣言した人)なので、Aさんの商品が売れました」

結局、その価格競争がたどり着く先にあるもの。
それはどうしようもないほどの薄利!!
っていうか、原価5000円ぎりぎりの値段設定なんて、
借金の利息も含めたら、完全に赤字である!

それでもみんなは、設備投資した工場をフル回転。
次から次へと、商品を大量に生み出し、
市場に流し込んでいく。

もちろん……、それらを売ったところで、
こんな薄利ではまったく儲けにならない!
ただ借金の金利がかさむだけという不毛な状態である!

だが、これだけではない!ついに、決定的なことが起こる!

講師「では、オープンプライス」

A「5100円」
B「5200円」
C「5100円」
D「4500円」

A&B&C「えええええ!4500円!?」

ついにきた原価割れ
市場崩壊の引き金であった。

2009年09月17日

経営者育成セミナー参加日記(14)〜今〜


講師「では、オープンプライス」

A「5100円」
B「5200円」
C「5100円」
D「4500円」

A&B&C「えええええ!4500円!?


ついにきた原価割れ
原価5000円の商品を4500円で売った男が登場!
僕は、今でもこのDさんの顔を……忘れることができない。
彼のことは、以後「価格破壊男」と呼ぼう。

基本的にこのセミナーの参加者たちは、
みなそれなりの年齢で、おそらく、 それなりの会社の重役たちである。
だが、この「破壊価格男」は、
年齢も若く服装も言葉づかいも幼く、
(まるで僕のように)浮いた存在で、
そのなんというか、ほっぺに渦巻きが書いてあって、
「キャハ」と笑うのが似合いそうな、 そんな感じのキャラクターの人だった。

その価格破格男が、 次々と商品の在庫を市場に投入しては、
容赦なく原価割れの値段で商品を売っていく!

そして、それをきっかけに驚くべき事態が……。

講師「では、オープンプライス」

A「4600円!」
B「4400円!」
C「4800円!」
D「4500円!」

なんと市場の相場が価格破壊男に引っ張られたのだ!

とうとう原価割れの価格競争に突入!
ありえない! 通常ならありえない暴挙!
原価割れで商品を売っても、何にもならないどころか、
売れば売るほど、損をするだけなのに!

もしかしたら、この話を聞いてあなた(日記の読者)は、
「参加者全員、バカなんじゃないの(笑)」
と疑うかもしれない。

いや……そんなことはない。
間違いなく集まった人間は、
それぞれがそれなりに優秀な人物……。
会社でいうところの課長、部長以上のクラス……。
決して、計算できない人間ではないし、
バカな人間たちではない。

だが、なんというのだろう……。そのとき、
このゲームを体験した人にしかわからない、
異様な空気が場を支配していたのだ。
その正体はおそらく、
年末になったら、莫大な借金の利息を支払わなければならない
というプレッシャー。
それが、少しでもキャッシュ(現金)を
手元に残しておきたいという強い焦りを
生み出していたのだと思う。

だって、もし年末の時点で、借金の利息が払えなかったら……、
強制的に借金追加。
さらに高い利息を支払うことになってしまうのだ。
だから、年末の決算のときに、
現金がマイナスになるのは非常にまずい!!


そういう心理が働いたのか、どの経営者も年末が近づくにつれ、
手持ちのキャッシュを一時的にでも増やそうと、
原価割れの値段でもいいから在庫を売る……、
という本来ならあり得ない流れが生まれていたのである。

もっとも、原価割れの値段をつけることに、
みんな最初は抵抗感があっただろう。
「いくらなんでも原価割れはさすがに……」という話だ。
だが、そこへ価格破壊男があっさりと
原価割れの値段を提示してしまった。
その結果、心理的抵抗は決壊!
キャッシュを求めて我先に原価割れで
在庫を処分しようとする経営者が続出するという
異常事態が発生したのである。

そして、決算……。

当然、みんな赤字!
経営ゲーム、参加者全員が
赤字になるという体たらく!

そして、重苦しい空気の中、次の年がはじまる。

もちろん状況はまったく変わらない。

だって前年度の低価格が、みんなの記憶に強く残っているのだ。
どうして、7000円や6000円の価格がつけられるだろう。
前年の価格競争を引きずるように、
原価ぎりぎりの金額からスタート。
材料を仕入れ、商品に加工しても、商品はなかなか売れず、
売れても薄利でまったく儲からない……。
そして、お決まりのパターンのように、
年末には、バタバタと原価割れの価格競争……。

結局、どうしたって、儲からない。
経営者の誰もが、行き詰まりを感じていた。

だけど、もしかしたら……、これは何の予備知識も持たず、
はじめてこのゲームをやったときに
必ず起こる定番の展開なのかもしれない。
だって、講師は、あいかわらず、
ニコニコしていたから……。

さぁ、ここで、はっきりと結論を言ってしまおう。

この価格破壊時期に、
商品を売っていた人が「負け組み」であり、
何もしなかった人が「勝ち組」である。

「負け組み」の経営者たちは、
価格競争の雰囲気に飲み込まれ、
とにかく自分の商品を売ることだけに熱中し、
積極的に材料を仕入れて商品を作っては
それを売ってなんとかお金を稼ごうとがんばっていた。
もちろん、価格競争が厳しくて商品はなかなか売れない。
結局、彼らは年度末が近づくと、手持ちの現金を増やすため、
あわてて原価割れで商品を売るはめになる。

一方……。何もしなかった側……、
「勝ち組み」の経営者は、
そんなバカげた価格競争を
冷静に観察しているように見えた。

もちろん、彼ら「勝ち組み」も商品を売りに出すのだが、
それは、あくまでも 独占を阻止するためだけに出しているだけで、
決して原価割れで商品を売ったりなんかはしなかった。
いや、彼らも、ときどき原価割れの安い価格を 提示することはある。
だが、それはなんというか、本気で売ろうとしていない、
そんな感じなのだ。
むしろ、相手が出すであろう金額を予想し、
売れないように相手よりその少し高い金額を提示する
といった感じ。
つまり、はなから原価割れで商品を売るつもりはなく、
安い金額をつける競争相手を演じているだけ。
すなわち「相手に商品を安く売らせる」ための競売参加……。

うぅうううぅ……。

僕は、幸運にもそのとき、
この価格競争に参加していなかった。
だから冷静に状況を把握することができた。
こうして、はたからみればよくわかる。

勝ち組の連中は、最初から相手に負ける値段をつけて
「あー、負けちゃった」
とわざとらしい残念そうな笑顔を浮かべ、
その一方で負け組の人たちは……、
売っても損するだけなのに……、
安い値段で売らされているだけなのに……、
それに気づくこともなく、
やったやった!と喜んでいるのである。

ぐぐぅぅうううううぅぅうううぅっぅうぅぅ!

な、なんだろう。この、気持ちは!
胸にこみあげてくる感情は!

本来なら、勝ち組の人たちの行動を
模範として見習うべきなのに……、
なぜだろう「裏表のない無邪気な負け組の人たち」の方に
強い親近感を持ってしまう。
この感情はいったい何なのだろう?

ともかく。

ここにきて、はっきりしたことは、
参加者同士の中で「経営者としての格付け」が
完全に決まったということである。

「バカな経営者」と「バカじゃない経営者」。
「目の前の現金獲得に必死な経営者」と
「長期的な損得を勘定できる経営者」。
「この状況をなんとか打破しようと、今までどおり
一生懸命、商品を売って儲けようとする経営者」と、
「そういった人を冷たく侮蔑の視線で眺めながら、
『自分の損失を抑え、相手に損をさせる』という戦略に
すばやく思考をシフトさせた経営者」。

経営戦略ゲームの参加者は、この2種類に
真っ二つに分かれたのである。

では、もし、自分が普通にゲームに参加していたら……
果たしてどっち側になっていただろうか。

もちろん、こうやってこの「日記」のように
過去」として冷静に振り返えるなら、
負け組の行動なんて絶対あり得ない
自分ならそんなことはしない
そいつらはよっぽど馬鹿なんじゃないのか
と僕だって誰だって簡単に言うことができる。
でもだ。株式投資しかり。パチンコしかり。麻雀しかり。
冷静に判断できるのは、いつも「損した後」ではないか。
いや、ギャンブルなどの話だけではない。
人生全般がそうではないだろうか?

たとえば、初対面の人たちがたくさん集まる場での自己紹介。
たとえば、人生の進路を決める大事な面接での受け答え。
たとえば、取引先の偉い人への報告やプレゼン。

たいてい、人間は、
そういう緊張やプレッシャーの中で行動するとき、
冷静でクレバーな判断を「リアルタイム」にすることは
そうそうできない。
実際、こういった状況において、人は、
うぅ、なんであのとき、あんなこと言ったんだろう」と
」から考えれば、「絶対しない」ような言動を
してしまいがちではないだろうか。

だから、「過去」という視点で、
自分ならそんな間違い、絶対にしないよ」といったところで、
意味はないのである。

きっと、おそらく「負け組み」の経営者たちも、
本来は優秀な人たちであるだろうから、
そのうち自分の過ちに気づくに違いない。
それは、1時間後かもしれないし、30分後かもしれない。
でも、それじゃあダメ!
「後」から気づくのではダメなのだ!
「今」!
「今」、気づかなければダメなのだ!

その意味では、僕は、負け組の方……。
緊張やプレッシャーに弱く、すぐにカーッとなって、
目先のことに夢中になり、
」で考えたら「なんで?」と思うような行動をとって
失敗をしたり、損をしたりして、自己嫌悪に陥るタイプ。

「今」に気づけないタイプ。

勝ち組の経営者になる条件が
「今」に気づける人間であるというのだとしたら……、
だめだ……まったく自信がない……。
どちらかといえば、
勝ち組の連中の嘲笑にも気づかず、
無我夢中で損をし続けるタイプ……。

あぐぅぅうううううぅぅぅ!(ボロボロ)
そんな自分に
はたして経営者になる資格などあるのだろうか!

そんなふうに悩んでる間にも、何年かの時が過ぎ……、
負け組の経営者たちが、無駄に商品を売って損失を出し続け、
取り返しのつかないほど、体力を失ってきたころ……。

講師が動いた。

くくくくくくくく。
 そろそろ、気づくものと、
 気づかぬものに分かれたようですね


僕は、その講師の冷たい言葉と
それを聞いて「にやり」と笑った 「気づいている側」の経営者たちの
冷たい表情に背筋が凍りついた。

一方の気づかぬ経営者たちは、まだわかっていないらしく、
頭に「?」をつけたまま、ぽかんとしていた。

そして、再び、講師の授業が始まった……。

2012年04月06日

経営者育成セミナー参加日記(15)〜分岐点〜


講師は、再び講義を始めた。

今度の講義は、損益分岐点についてだった。

その内容は、簡単に言うと、
『仕入れ』『加工費』『借金の利息』など、
 かかったすべての費用を総合的に判断して、
『いくらで売れば、会社が損しないか』の基準
(損益の分岐点)を、
 ちゃんと明確にしないと駄目ですよ

というものだった。

講師は、みなにしばらく時間を与えて、
自分の会社の損益分岐点がいくらかを計算させた。
そして実際に計算をしてみると、それは予想以上に
高い金額であった。

講師は述べた。

いいですか。損益分岐点をきちんと把握して、
 損益分岐点以上の金額で売るように心がけてください。
 そうしないと、会社は確実に損をしていきます


こうして改めてきくと、
なんて「当たり前」の教えなのだろうか。
もしかしたら、この日記を読む人の中には、
そんなの基礎中の基礎だろ(笑)
 わざわざ教えられるまでもないよ(笑)

と笑う人もいるかもしれない。
だが、そんなのは「」から冷静に思い返すから
言えることである。

そもそも、このセミナーの参加者で「損益分岐点」という
用語を知らない人は、誰ひとりとしていなかっただろう。
「知識」としては全員が知っていたのだ。
だが、実際には、「市場」や「価格競争」の雰囲気に流され、
「損益分岐点」を忘れて「目の前の現金獲得」に夢中になる人が
何人も現れた。

「知識」として知っていても「その場」で活かせない。
人間とはそういうものではないだろうか。

もし、それでも、このセミナーの参加者を笑う人がいたら、
こう問いたい。
あなたは、他人との会話で、雰囲気に流されて、
つい言ってしまった
という経験が一度でもなかったのか、と。

たとえば、
「人を傷つけるようなことを言っても得はないよ」
という「知識」は誰でも知っていることである。
そんなの「当たり前」のこととして誰もが了解している。
しかし、実際には、ほんの些細なことでイラっとして
「他人を傷つけるようなこと」を言ってしまったり……、
なんとか周囲を笑わせようとつい調子にのって
「他人をバカにするようなこと」を言ってしまったり……、
「後から考えれば、言うべきではなかったこと」を
ついつい言ってしまう。
人間なら誰だって経験したことがあるのではないだろうか。

そして、講師はまさにそのことを語った。
「市場の雰囲気」「借金のプレッシャー」
「体調」はては「その日の天気」まで、

人間とは、そういった外部要因であっさりと「決断」が
左右されてしまうか弱い存在であると。
また特に「市場の相場」は、
群集心理」というものに流されやすい、のだと。

たいてい、誰もが自分は「群集」ではないと考えたがる。
仮に「群集心理に流されて愚かなことをした人々」の記事を読めば、
きっと多くの人が、それを嘲笑い「自分はそうじゃない」と考えるだろう。
だが、現実は、そう考えている人ほど、
未経験の現場に放り出され、追い詰められれば、
あっさりと群集の1人になり、後から思い出すと、
ぞっとするようなことをしてしまう。

もちろん、それも人間のひとつの本質であるのだから、
仕方の無いところではある。

だが、経営者はそれではいけない。

なぜなら、経営者の判断には、自分だけではなく、
社員、そしてその家族といった大勢の人の命運が含まれているからだ。

だからこそ、その場のノリや雰囲気に流されたり、いい加減に
ましてや相場の雰囲気や、群集心理に流されて、
決断をしてはいけないのだ。

が、そうは言っても、経営がうまく行かず、追い込まれた人間は、
簡単に基礎を忘れ、後から考えると明らかにおかしな
異常な決断をしてしまう。

それゆえ、私たちはこういうのです。
 書きなさい、書くんだよ、と。
 『損益分岐点』という基準を計算し、明確にし、
 数字として書きとめなさい、と


なるほど。僕は講師の言葉に納得した。
実際に数字として書きとめておけば自制がきくし、
雰囲気や他の人の価格に流されて、
自分を見失うようなことは軽減されるだろう。

だが……と僕は、このとき思っていた。
たしかに、良いタイミングで、損益分岐点の説明をしたと思う。
これでさすがに「原価割れの価格破壊」という馬鹿な流れは
止まるかもしれない。
だが、本質的には何も解決していないではないか。
だって、今までは「原価ギリギリ」のところで
価格競争していたのが、
今度は「損益分岐点ギリギリ」のところで価格競争をするように
変わるだけのことである。
なら結局、薄利の戦いが、続くことには変わりはないのではないか。

だが、そこで講師は、まったく予想していなかった台詞を述べた。

では、次の年から、投資カードを追加します。
 次は、みなさんに『投資』というものを
 学んでいただきたいと思います


ざわ……ざわ……

え、なにそれ?
ここにきて、新ルール追加だって!?

2012年04月12日

経営者育成セミナー参加日記(16)〜投資〜


では、次の年から『投資カード』を追加します

突然の新ルール追加。

僕は直感した。いま「一回戦」が終了したんだ、と。
価格破壊に付き合って、馬鹿な売り方をした経営者は
ここで実質上、リタイア。おそらく次は、
冷静に対処した「勝ち組」の経営者同士で、
凌ぎをけずる「二回戦」がこれからはじまるのだろう。

講師は、僕たちに小さな冊子を配り始めた。
それは、これから新しく追加される「投資カード」の説明書だった。
配り終えた講師は、こう言った。

では、ここで午前中の授業を終了したいと思います。
 お昼休みは、少し長めにとって、1時間30分とします


こうして、午前中の戦いが終わり、みな席を立って昼食を取りにいった。

僕はと言えば、その場にとどまり、さっそく説明書を開いていた。
新しいカードの内容をはやく把握したかったのだ。
もしかしたら、追加されたカードの中に、
今の状況を逆転できる画期的なものがあるかもしれない。
もしくは、仮にそうでなくても、
追加ルールの「裏」をつくような
画期的な「戦略」が思いつくかもしれない。
そう考えた僕は、説明書を食い入るように眺めた。

つまるところ、追加された投資カードとは、以下の3種類のものだった。

(1)研究開発カード
(2)付加価値カード(おまけカード)
(3)広告宣伝カード

それぞれ以下のような概要のカードであった。

(1)研究開発カード
研究開発費を投資することで、手に入れることができるカード。

「研究開発カードを持っている」=「品質の高い製品を作れる」

ということであり、価格競争の際に一定のアドバンテージが得られる。

たとえば、Aさんが「100円の研究開発カード」を
3枚持っていたとしよう。そして、価格競争で、
Aさん「8000円」
Bさん「7800円」
という金額提示があったとする。
通常なら、一番安い金額を提示したBさんの「勝ち」である。
しかし、「研究開発カード」を持っているAさんは、
「他社よりも300円分、品質の高い商品」を作ったわけだから、

「8000円−300円=7700円」

が真の商品価値となり、最も割安のAさんの商品が
「8000円」で売れるという結果となる。
(ようするに、市場のお客さんは、
「品質の悪い7800円のBさんの商品」よりも
「品質の高い8000円のAさんの商品」の方が『安い』と感じて、
 Aさんの商品の方を選んだということである)

ここで最も重要なポイントは、「研究開発カード」は
「使っても無くならない」ということ。
だから、「研究開発費」を投資し、
「研究開発カード」を集めれば集めるほど、
どんどん価格競争が有利になっていく。

(2)付加価値カード(おまけカード)
効果は「研究開発カード」とまったく同じであり、
価格競争の際に一定のアドバンテージが得られるカードである。
ただし、「研究開発カード」との違いは、
「使うと無くなる」という点である。
たとえば、Aさんが価格競争の際に、
「100円の付加価値カードを3枚使います」と宣言し、
Aさん「8000円」
Bさん「7600円」
という金額提示があったとする。
Aさんは「付加価値カード」の分だけ提示金額が安く評価されるが、
それでもBさんの方が「もっと安い」ので、
結果として、Bさんの「勝ち」。
Aさんの商品は、1個も売れず倉庫に戻されるが、
それでも「付加価値カードは消費された」として無くなってしまう。

(たぶん「付加価値カード」は、「おまけ」「キャンペーン」
のようなものだと考えてもらえれば良いと思う。
ようするに、「いま、うちの商品を買うと
 ○○○円分のサービスが受けられますよー

とか
いま、買うと漏れなく『飲茶くん人形』がもらえますよー
とかそういう話。
商品に「付加価値(おまけ)」をつけることで、
お客さんの購買意欲を高めて売りやすくする、ということである。
以後、直感的にイメージしやすいように「付加価値カード」は
おまけカード」と呼称することにしよう)

(3)広告宣伝カード
このカードの説明は少々ややこしい。
そもそも、市場に商品を出すとき、
僕たちは巨大な日本地図の「特定の都市」の上に、
商品のコマを置くわけであるが、
通常は「ひとつの都市」にしか置くことができない。
たとえば、「東京」に商品を置いたら、
もう「札幌」や「青森」に商品を置くことはできない。
しかし、投資して手に入れた「広告宣伝カード」を
消費すれば、複数の都市に商品を置くことができる。
たとえば、Aさんが「広告宣伝カード」を3枚消費して、
・東京(需要50)
・札幌(需要8)
・青森(需要1)
の3都市にそれぞれ商品を置いたとする。
ここで、Aさんの独占販売を阻止するためには、3人以上の人が現れて、
3人が別々の都市に商品を置かなくてはならない。
ようするに、
Bさん→「東京」に競合商品を出す
Cさん→「札幌」に競合商品を出す
Dさん→「青森」に競合商品を出す
と言った具合だ。
そして、それぞれの都市でAさんと価格競争を行う。

つまりこのカードは、「広告宣伝費」を投資することで、
商品の全国展開をするというイメージであるが、
正直、ちょっと使い方が難しい。
まず、最初にパッと思いつく使い方は、
「広告宣伝カード」をたくさん集めて
全国の都市に商品を展開し、
競合相手のいない都市を作り出し、
そこで独占販売を狙う……といったところだと思うが、
参加者が十何人もいる状況では、そうそううまくはいかないだろう。
また、おそらく競合相手は、東京などの「需要が大きい都市」から
競合商品を置いていくだろうから、
上手いこと「競合相手のいない都市」を作り出せたとしても、
そこはどうしても「需要が小さい地方都市」になってしまい、
ほんの少しの商品しか売ることができない。
(たとえば青森の場合、需要1なので、最大でも1個しか売れない。
だから仮に独占販売に成功しても予想よりも「うまみ」は少ないのだ)

じゃあ、広告宣伝カードは何のためにあるのか。
たぶん……、価格競争の相手を分散させるのが目的なのだろう。
おそらく、これから年数が進めば、「研究開発カード」を大量に
集めて成功した「大企業」が現れる。
そんな大企業とまともに価格競争しても勝てない。
そこで、このカードで、複数の都市に商品を分散し、
「研究開発カード」をあまり持っていない相手との価格競争で
勝負をかける……と言ったところだろうか。
どちらにしろ、ちょっと使いどころが難しそうだ。
なにより「おまけ(付加価値)カード」と同じく
「使うと無くなる」系のカードだから、
使いどころを間違えると、無駄な投資になってしまうのがツラい。

とすると、やっぱりシンプルな「研究開発カード」「おまけカード」
を巡る戦いになりそうだ。
基本的には「研究開発カード」をたくさん集めるのがセオリーだろう。
なにせ消費されず、集めれば集めた分だけ価格競争で
アドバンテージが得られるというのはものすごく魅力的だ。
だが、その分、投資金額がべらぼうに高い。

一方、おまけカードの投資金額は安い。さくさく買える金額である。
だが、その分、使いどころを誤って無駄に消費すると、
ただドブにお金を捨てただけになってしまう。

たぶん、おそらくは……、
短期投資でギャンブル性の高い「おまけカード」を集めるのは罠であり、
長期投資でギャンブル性の低い「研究開発カード」を地道に集めていくのが、
正解なのだろう。それが講師の狙いのような気がする。
短期投資のギャンブルで失敗した経営者を諭し、
コツコツ地道に長期投資していくことの大切さを教えようとか、
どうせそんなところだろう。

だが悪いが、俺には長期投資は無理だ。

だって、こっちは材料買占め戦略で現金がなく、
ピーピーいっている状況なのだ。
どう考えても、「研究開発カード」を集めるなんて無理。
だから、まずは、コツコツと「おまけカード」を集めて、
ここぞというところで、
一気に使ってたくさんの商品を高値で売り抜け……、
そうして手に入れた大量の現金(キャッシュ)で、
「研究開発カード」を買って……、
とそんなふうに歯車を回していかなければならない。

そのためにも、まずは「おまけカード」!
これを少しずつ買い集めよう!

――と、こんなふうに僕は説明書を読みながら、ひとつひとつ情報を整理し、
午後からの戦いに備えていた……。

が、このとき、すでに「致命的なミス」を犯していることに
僕はまったく気がついていなかった……。

そう、僕はまたしても、「」から気づくのであった……。

2012年05月09日

経営者育成セミナー参加日記(17)〜計画〜


昼休みが終わり、午後のセミナーが始まった。
しかし、講師はすぐにゲームを再開しなかった。

はい、ではゲームを再開する前に……、
 バインダーの○○ページの用紙をつかって
 予算計画表を作ってみてください


講師は次のことを僕たちに強く述べた。

今までのような場当たり的なやり方
(たまたま手持ちに現金があるから使う的なやり方)で
投資をしてはいけません!
そのような場当たり的なお金の管理の仕方をすれば
痛い目を見ることはわかったはず!
だから、きちんと、1年間で、
どれだけの材料を買い、どれだけの商品を作り、いくらで売り、
そして資金の何割を投資金額に割り当てるのか、
それらを事前に計画表として作っておきなさい!
そして、実際の行動を「実績」として書き込んで、
決算のときに、どれくらい予測と差があったのか、
きちんと確認しなさい!

僕は講師の説明を聞きながら、
やはりこのセミナーはよく出来ていると感心した。

もし最初にいきなり「予算計画」の話をされても、
その重要性にはあまり気づかなかっただろう。
それどころか、
物事は計画どおりにはいかないよ、むしろ、
 臨機応変に対応するのが、優れた経営者だろ

と反発していたかもしれない。

だが、いま僕たちは、
基準を持たず、無計画にその場のノリや雰囲気で
経営することの愚かさを理解している。
手持ちに現金があるから、ちょっと投資してみよう
現金がなくなったから、なんとか在庫を売ろう
そんな、その場その場の状況で
「次の行動」を決めるようなやり方は
経営として良くないことを、みなが身にしみて実感している。

なるほど、「投資」という新しいルールを
なぜ今になって追加したのか、その理由がはっきりした。
きっと、最初から投資カードを追加していたら、
みんなわけもわからず、無計画に現金を「投資」に費やしていただろう。
それでは、投資が成功しようが失敗しようが、
そんなものは「たまたま成功した」「たまたま失敗した」にすぎず、
「経営を学ぶ」という観点では、何の意味もないのだ。

さて、ともかくこうして僕たちは、
損益分岐点」という基準を明確にし、
投資」という新しいルールを理解し、さらには、
資金の何割を「投資」に費やすかの「予算計画」をたて、
いよいよゲームを再開するわけであるが……、

仕切りなおしのおかげもあり、午前中のあの閉塞感は、
いつのまにかなくなっていた。
価格破壊が起きることもなく、
また、バカみたいに投資に現金を使いまくる人が出ることもなく、
整然とゲームが行われていった。

そのとき、僕は、少しだけ……
いや、かなり希望を取り戻していた。

新しいルールが追加されたのだから、
そのルールをうまく使って、今の状況を打破できるかも……、
という意味での希望はもちろんあったが、
それよりなにより一番大きかったのは、
「価格破壊時代の馬鹿な価格競争に自分は参加していなかったこと」であった。

結局、なんだかんだ言っても、僕の損失は、莫大な借金の金利だけであり、
実はそれ以外はまったく損していないのである。
一方、価格破壊時代を送った経営者たちは、
原価割れで売り続けることで、累積で損失を積み重ね続けてきた。
だから、原価割れの損失を積み重ねていない、という意味では、
実は参加者の中でも、僕はかなりマシな状況なのである。
きちんと資産の比較をしているわけではないから、
正確なことはわからないが、案外、もしかしたら、
僕の会社の資産ランキングは「中の上」ぐらいいっているかもしれない。

そして、希望要素はそれだけではない。

そもそも僕がイベントカードを引かず、
今まで何をやっていたかというと、
設備投資をしてない小さな工場を毎ターン少しずつ動かして、
コツコツとちょっとずつ商品を作っていたのであった。

そのため、買占め戦略によって
あふれんばかりになっていた僕の材料倉庫は、
少しではあるが材料のコマが減り、
商品倉庫にはそれなりの量の商品のコマが積まれるようになっていたのだ。

だから……、今回追加された「おまけカード」をたくさん集めて一気に使い、
これらの商品をドカンと高く売りさばくことができたとしたら……、
いっきにプラス!
ランキング上位の経営者の仲間入り、
ということもありえるかもしれない!

そう考えてみると、やはり逆転の肝は……、

おまけカード!

このカードを大量に集め、
一気にドカンと使って、
一気に高く売り抜ける。

それが、今、最新の、ベストな戦略!


少なくとも、目をつぶってイベントカードを引いて、
「火事カードか、材料転売カードかを引き当てるギャンブル」
をするよりかはよほどマシは戦略であろう。

こうして、僕はかなり極端な予算計画を作った。
手持ちの現金をほぼ100%、投資(おまけカード)に費やすという
大胆な計画。
まず、今年は、カード集めをし、
来年、そのカードを使って一気に売り抜けるという目論見だ。

「では次、飲茶さんの番です」
「はい。おまけカードを買います」

僕は計画にしたがい、さっそくおまけカードを買いあさった。

それからしばらくすると、
「おまけカード」をうまく使って高値で商品を売りぬいていく経営者が
何人か現れはじめた。
彼らは、そうして得た大量の現金で、さらに投資をし、
どんどん価格競争を有利にしていった。

あせるな、あせるなよ……。
釣られて中途半端に「おまけカード」を使ったらダメだ。
ためて……ためて……ドカンと使うのだ。


目の前で、「おまけカード」を使って儲けている人をみても、
僕の心は比較的穏やかであった。
おそらく、予算計画があったからだろう。
今年は我慢してカード集めをする、そう決めたのだ。
そういう指針があるからこそ、予算計画を作ったときの前提が崩れないかぎり、
他人が儲けようが、どうしようが、ぶれることはない。

そして、次の年が始まった。
よし勝負だ! 計画どおり、前年に集めた「おまけカード」を使って、
一気にドカンと売り抜ける!

「次は、飲茶さんの番です」

はいっ!商品を30個、売ります!
 そして、付加価値カードを10枚!
 全部使います!


意気揚々と、市場へ!さぁ、勝負だ!

これで決める!今までの悪い流れを断ち切り、
現金を手に入れ、プラスのスパイラル、
成功の歯車を回すのだ!

しかし……。

「はい、Dさんの商品が売れました」

な……、なんだそれ!?
え?え?ええええええええええええ!?


価格競争の結果、僕が「おまけカード」を含めて
提示した金額より、大幅に低い金額が提示されたのだ。

なんでだよ!なんでだよ!そんな低い金額で売るのは、
おまえの計画にないだろ!どういうことだよ!
ちゃんと計画どおり行動しろよ!


そう叫びたかった。だが……、わからなくもない。
たしかに、おまけカードは、「価格競争」で負けても、
消費されてしまうカード。
だから、ここぞと「おまけカード」を大量に使う人が出てきたら、
損益分岐点以下の安い金額をつけて「それを潰す」というのは
ひとつの戦略だろう。
そして、嫌な予感は価格提示の前からしていた。
競合商品を「1個だけ」で参加している人がいたからだ。
1個だけなら、「損益分岐点以下」で売ったとしても、
はっきり言って、たいした害はない。予算計画も「平均でいくらで売る」
という内容だから、1個だけ安く売っても、
予算計画からそう外れることもない。
だから、大量の「おまけカード」を投入してくるやつがいたら、
1個だけ競合商品をだして、理不尽なほど安い低価格をつければいいのだ。
それであっさりと「おまけカード」戦略を潰すことができる。

だが……、だが……。
今まで、そんな動きは一度もなかったのだ。
僕以外にも「おまけカード」を大量に投入した経営者はいたのである。
でも、そいつのことは、みんなスルーしていた。
わざわざ、そんなふうに損益分岐点以下の低い価格をつけて
潰す」なんてあからさまなことはしていなかった。
そんな「流れ」なんか、今までどこにもなかったのだ……。
それなのに、なぜ僕のときだけ、いきなりこんなことに……。

もちろん、こんなのはたまたまで、
「おまけカードつぶし」という戦略に誰かが気づき、
それがちょうどいま実行されただけ……、
ということではあるのだろう。
でも!だったら!何も僕のときじゃなく、
他のやつのときに実行すればいいのに!
くそ!なんでこんな理不尽な目にあわなきゃいけないんだ!


「たまたま、自分の身に不運が降りかかっただけ」

このとき僕はそう考えていたわけであるが、
思い返してみれば、なんという甘い、ずれた認識だったのだろうか。

くそ!また一からカード集めだ!

次の年、僕は再び「おまけカード」を集めた。
そして、さらに次の年、その集めたカードを使って
もう一度、勝負!

しかし。

「はい、Bさんの商品が売れました」

またしても、理不尽な低価格による「おまけカード潰し」。
現金を費やし、投資したおまけカードが
一瞬にしてゴミと消えた。

ぐうぅぅぅぅううううううぅぅぅぅぅぅ!!
な、なんで……、なんでこんな……。


いったい、何が起きているんだ。まったく理解できない。
なぜ、俺のときだけこんなことが……。

はっ!

僕は、そのとき見てしまった。
このゲームに参加している経営者の大多数が、
僕のこの失敗をみて……
楽しそうに笑っているのを。

にやにやにやにやにやにや
にやにやにやにやにやにや
にやにやにやにやにやにや
にやにやにやにやにやにや

僕はやっと理解した。

これは……

これはイジメだ!

あきらかなイジメ……!
経営者による経営者イジメ!

くそ!くそ!くそ!くそ!
こいつら!こいつらあああ!!!!


2012年05月21日

経営者育成セミナー参加日記(18)〜制裁〜


経営者による経営者イジメ!!

うぅぅぅぅ、なぜだ、なぜこいつらは……。

まったくの意味不明。
なぜ、彼らは初対面の僕に対して悪意を持ち、
理不尽な価格競争をしかけてくるのか……。

だが、突如、僕はすべてを理解した。

理解のきっかけは、例の「価格破壊男」だった。
彼も、僕と「同じ目」にあっていたのだ。

うわあああ、せっかくカードを
 たくさんためたのにー!


その言葉に、どっと場が沸く。

そうか……そういうことか……。

「僕」と「価格破壊男」には、ひとつの共通点がある。
それは、このゲームの空気を乱したことだ。

僕は、ゲーム開始早々、材料買占めにより、場を混乱させた。
そして、価格破壊男は、原価割れの金額を幾度も提示して
価格破壊時代のきっかけを作った。

だからつまり、これは制裁なのだ……。
「場を乱す異端者」を除外するという
「当たり前」の基本的な社会のルール。
それが、このイジメ行為の正体だったのである。

いや、でも、それにしたって……

そう。こんなふうに、
みんながみんな示しあわせたようにターゲットを固定化して、
突然イジメを始めるなんてことがありえるだろうか。
「あいつむかつくから、ちょっとからかってやろうぜ」的な話し合いが
裏でされていたならともかく、
いきなり自然発生的にこの状況が生じたとはどうしても思えない。

――などと思索しながら、ぼんやりと競売を眺めていた僕は、
あっ、と声をあげそうになった。
ゲームの場にいくつかの「仲良しグループ」が
できあがっていることに気がついたのだ。

もちろん、そいつらは談合のようなあからさまなことをするわけではない。
だが……、
「僕の邪魔はしないでね」
「うん、そのかわり、僕のときに邪魔しないでね」
的な暗黙の了解、すなわち
グループの仲間同士では価格競争をしかけない
という相互不可侵の関係が
出来上がっているのが明らかにみてとれた。

いったい、いつの間に、そんな関係ができたのだろう。
最初から、互いに知り合いだったのだろうか……。

あ……。

あああああああああああああああ!!

そのとき僕は、ようやく
自分が犯した「致命的なミス」に気がついた。
そういえば、講師はお昼休みのまえ、こんなことを言っていた。

お昼休みは、少し長めにとって、1時間30分とします

お昼休みは、少し長めにとって……

少し長めにとって……

ぐぅぅうううううううううううう!
なぜ気がつかなかったのだろう。
講師がなぜわざわざ「少し長めにとって」と言ったのか、
なぜその意味を考えようとしなかったのだろう。

あれはようするに、「お昼休みを長くしてあげるから、
この時間を利用して、一緒に昼食をとるなりして、
人間関係を作ってきなさい」というヒントだったのだ。

僕は、このゲームの本質を完全に見誤っていた。

この経営ゲームで「勝つこと」を考えた場合、
もっとも重要なのは
「損益分岐点を把握すること」でも、
「予算計画を立ててそのとおりに遂行すること」でもない。
本当に大事なのは、「人間関係を構築すること」だ。
だって、それが一番、勝利に近づく行動ではないか。

つまるところ、このゲームは「人間同士」の「戦い」であり、
「競争」であり、「足の引っ張り合い」である。

だが、たとえば、一緒に食事をしたり談笑したりして、
それなりの人間関係ができてしまえば……、
あからさまに相手の足を引っ張ることはできなくなるだろう。
人情的に言えば、仲間以外の人間の足を引っ張るようになるはずだ。

仲間がいることのメリットはそれだけじゃない。
仲間がいる人には、他の人も「邪魔」がしにくい。
なぜなら「あからさまな嫌がらせ、邪魔」をして不評を買えば、
今度は自分がそのグループのメンバーからターゲットにされて
報復される可能性があるからだ。
グループに所属している経営者に対して、
あからさまな「邪魔」をするのは明らかにリスクが大きい。

一方、グループに所属していない個人経営者なら
どんな「邪魔」や「嫌がらせ」をしたってかまわない。
所詮は個人の力。報復されたってたかが知れている。

この時点で、もはや仲間がひとりもいない経営者の
勝ち目はない。
損益分岐点をどう計算しようが、
どんな素晴らしい予算計画を立てようが、
グループ会社VS個人商店」という構図で、
勝てるはずがないのだ。

そして、そのグループ会社を作り出す、
もしくは、グループ会社に参加する唯一の機会が、
昼休み」だったのである。

だから、みんな席を立ち、食事に向かい、たっぷりと時間をかけて
談笑し、「人間関係、人脈、コネ」を構築してきた。

なのに……、なのに……、自分ときたら……、
彼らがそうしている間、
ひとりで……、
あぐぐぐぐぅうぅぅ……
「ひとりで本を読んでいた」のだ!
渡された新ルールの説明書に夢中になり、
どこかルールに穴はないか
どんなふうにカードを使えば、
 他人を出し抜いて儲けられるか

とか、そんなことばかりを考えていたのだ!

浅い……なんて浅い人間なんだろう!

うわああ、またカードがーーー!

場では、価格破壊男が、またしてもおまけカードを買い集めて
価格競争に挑み、またしても低価格を提示されて負けていた。

彼は、悲鳴をあげ、机に突っ伏し、
それをみて、みんなは声を上げて笑った。

僕は、価格破壊男に怒りを感じた。

バカ!バカ!バカ!気づけ!気づけよ!
お前は、みんなからオモチャにされているんだぞ!
あと、やめろよ!そのリアクション!
そうやって、リアクションをとるから、
みんなが笑い、それが面白いから、
またおまえをイジメるんだ。
それに気づけ、気づけ……
うぅぅぅぅぅぅ……
気づいてくれよぉ……(ぼろぼろ)

だが本質的なところで、僕は価格破壊男を責めることはできなかった。
自分だって気づいていなかったからだ。

自分の会社だけ儲かればいい、他の会社なんて全滅してしまえばいいんだ
というのが僕の本音であり、
僕はその本音のとおり行動して「買占め」という選択をしたが、
それにより「業界」から総すかんをくらってしまった状態であった。
にもかかわらず、自分は、そんなことに気づかず、
みんなと同じ対等な「参加者のひとり」として、
せっせと投資して「おまけカード」を買い集めていたのだ。
自分の勝利を想像してニヤニヤとしたバカ面を晒しながら。

完全なKY。なんて空気が読めない人間なのだろう。
他人の表情や動きには敏感なくせに、
自分自身が他人からどう思われてるかなんて、
想像したこともなかったという愚かしさ。


今なら、「昼休み」に皆がどんな談笑をしていたか、だいたい想像がつく。
彼が『価格破壊男』なら……
僕は『材料買占男』……。

『あいつらってちょっと変わってるよな』

初対面同士の皆が、盛り上がれる共通の話題として、
僕たちはかっこうのネタであっただろう。

ともかく、ここにきてはっきりとしたことは、
僕の勝ちが100%なくなったということだ。

もうここまできたら、皆は、僕と価格破壊男に徹底的に意地悪をし、
最後まで「笑いのネタ」にして楽しむだろう。
実際、「僕たちに意地悪をしてそれを笑いにして面白がる」
という空気(群集心理)がすでに出来上がってしまっていた。
こうした空気がある以上、どんなに「おまけカード」を集めても、
絶対に潰されるに決まってる。かといって、いまさら「研究開発カード」を
集めるのも手遅れ。なにより現金の余力がない。つまり、八方ふさがり。

駄目だ……。絶対に勝てない……。

こうして何も打つ手がないまま……、時間だけが流れ去り……、
ついには僕たち以外の参加者全員が
「研究開発カード」を何枚も持ちはじめた。

もはやどうあがいても、
僕たちが価格競争で勝てる要素はなかった。
まるで、少年漫画で言うところの、
「戦闘力のインフレについていけなかった脇役キャラ」のように
「レベルの違う価格競争バトル」を
僕たちはただ指をくわえてみていることしかできなくなっていた。

僕は、もう……
うなだれるしかなかった……。

2013年03月22日

経営者育成セミナー参加日記(19)〜信頼〜


(以前の話はこちら

その後。
僕も価格破壊男も、良いところはひとつもなかった。

なけなしの現金を投資し「おまけカード」を買い集めても、
理不尽な低価格」によって潰され「笑いもの」にされる。
そういう状況がゲームの終わりまで続いたのだ。

つまるところ、僕は経営者として最も大事なことを
わかっていなかったのである。
そもそも、僕は、

・「相手の心理」を的確に読み取り、裏をかき、
 「人間同士の心理戦(価格競争)」に勝利して儲ける。

・「ルールの隙(法の抜け道)」をついて儲ける。

・「自制心」を保ち、適切な投資を行い、儲ける。

というのが、この経営戦略ゲームの「本質」であり、
同時にそれが「経営」の「本質」であると思っていた。

だが、この経営戦略ゲームには、それ以外の「本質」、
真の本質」が隠されていた。
それは、「経営で勝つため」に本当に必要なのは、
業界内での「信頼」であり、「人間関係」であり、
人脈」であり、「コネ」だということ。
それこそが経営の「真の本質」であり、それに気づかせることが
実はこのセミナーの「裏テーマ」だったのである。

経営とは、他者と自分の生き残りを賭けた戦い。いわば戦争

これはセミナー開始当初の僕の考えであるが、
今にして思えば、なんと幼稚な考えだったのだろう。
仮にそれが真理だったとしても、
それをあからさまに態度に出して経営していたら……、
他者から嫌われ、総すかん。ことあるごとに足をひっぱられ、
何かうまい話があっても仲間にも入れてもらえない。

当然の理屈。そんな当たり前のことにさえ
僕は気づいてもいなかった。

本物の経営者であれば、
「自分の利益を優先させること」を本音として隠しつつ、
「業界全体のため」とか、「市場の発展のため」とか、
「ユーザのため」とか、そういう態度を示し、
地道にみんなの信頼、すなわち「社会的評価」を得ることを
目指すべきだったのだ。
そうして、すこしずつ、
協力しあえる、味方、仲間を
業界内につくっていくのが正しい姿だったのだ。

それなのに……!

それを僕は画一的に「自分以外は敵」などと思い込み、
信頼関係や人脈を築くこともなく、「ルールの隙」ばかりついて、
自分だけ儲けよう!
自分が!自分が!

とやってきた。

なんという痩せた考え。

ふと見上げると、価格破壊男がしょんぼりとしていた……。
さすがに彼も、自分の置かれている状況、
――軽んじられ、弄ばれている状況――に気がついたのだろう……。
だが、気がついたところで、もはや手遅れ。
今さらもうどうしようもない。

結局、僕たちは、うなだれ続けるしかなく、
そのまま時間だけが無情に過ぎて行き……、
とうとう、セミナー終了の時間となってしまった。

はい、みなさん、お疲れ様でした。
 では、今のこの年で最後にしたいと思います


講師の終了宣言に、みんなは
「あー、もう終わりかー」
「いやー、面白かったなー」
などの感慨深げな声を口々にもらした。
すでに「勝ち組」と「負け組」の経営者の間で
十分に大差がついており、逆転の可能性は皆無であったから、
ゲーム終了の宣言にあわてる者は誰もなく、
消火試合的な和やかなムードで淡々としたプレイが続けられた。

そのとき僕は、みんなのプレイをぼんやり眺めながら
ある「真理」を悟っていた。

そうか……そういうことか……。そういうことなんだ……

それは結局のところ、勝ったのは、

社交的で、明るく、
 ゲームの合間に、みんなを笑わせる冗談を言ったり、
 雑談が上手な経営者


であり、逆に、負けたのは

勉強はできそうだが、黙々と仕事をやるのが好きそうで、
 社交的ではない、無口な経営者


であったということ。

こんなにもはっきりと分かれるものなんだ……

勝った側の経営者たちは総じて、
明るくて、堂々としていて、会話が楽しくて、
女の子にもモテそうで、彼女がいなかった時期などなさそうな、
そんな「人間的に最初から勝ってるオーラ」を
かもし出している連中ばかりだった。

一方、負けた側の経営者たちは総じて、その逆。
逆の雰囲気。逆のオーラ。
真面目そうだが、ぱっとしない。
もし、彼らだけ集めて、グループ名、ユニット名をつけるとしたら、
もっとも適切な名称は「部長どまり」。
そんな感じの連中ばかりであった。

はたして、自分は……、
勝ち組側の人間になれるだろうか……。

いや、無理だ……絶対に、間違いなく無理だ……

まずそもそも自分は、けっして社交的な人間ではない。
アドリブもきかず、初対面の人に話しかけられても、
きょどって見当違いなことを言ったり、
笑わそうと変にテンションをあげたあげく、
すべって場をしらけさせてしまう(そして後で自己嫌悪)、
そんなキャラクターである。

だから、初対面の経営者同士が集まって
談笑しながら人脈を作る懇親会なんて、絶対無理。
行くこと自体がストレスで、前の日から憂鬱になるタイプ。
そんなことより細かい作業を黙々とやったり、
一人で理屈をこねている方が好きなタイプ。

すなわち、明らかに後者の人間。
勝てない人間。
これはもう努力うんぬんの問題ではなく、
人間的な質、個性、生まれつきの問題であろう。

結局、つまるところ、この経営戦略セミナーを主催した人が
一番伝えたかったこととは、

そんな後者タイプのおまえが
お喋りが上手で、社交的で、
明るく、お洒落で、清潔で、
ピッとしたスーツが似合う、リア充の彼らに
「張り合おう」とか「勝とう」とか
思うこと自体が誤り

ということだったのだ。


でも……それでも……


僕は……


そして、ついに最後のターンがやってきた……。

では、飲茶さんの番です



勝ちたい……



やつらに勝ちたい……



うぅぅぅぅううぅぅっぅぅううううっっ………(ボロボロ)

飲茶さん?

口元をおさえて嗚咽に震える僕をみて、いぶかしむ講師。

僕は、震える喉から無理やり空気を吐き出し、最後の経営戦略を述べた。

商品を……売りに……出します

はい、何個ですか?

ぜんぶ……

え?

倉庫にある商品を全部!

耐え忍んできた様々な感情があふれ出しそうになっていた。
僕はこのときをずっと待っていたのだ。

僕はシートの下に隠しておいたカードをばさっと場に放り出した。
それは毎年、少しずつ、少しずつ、
買いためていた宣伝広告カード

すべて演技だった。

ため息をつきながら、投げやりにゲームに参加し、
適当に競売に参加しては、いじめられ、負けて、
そしてふて腐れながら、おまけカードを買ってみたり、
宣伝広告カードを買ってみたり……。
だが、そうして顔を伏せながらも、
宣伝広告カードだけは使わずにためていたのだ。

宣伝広告カードを使って、倉庫の商品を全部市場に出します

こうして、倉庫にあった大量の商品が一気に市場へ投入され、
日本各地にばらまかれた。北海道から九州まで、
広告カードの力を使って、全国に一度に流通させたのだ。

そこで、やっとみなが気がついた。

「今」、この瞬間とは、最後の最後、
ゲーム終了の最後の土壇場のターンであることを。

そう、来年は存在しない。ゲームは今年で終了。
だから、来年のために、材料を買って商品を作る、
という行為を誰もしなくなる。

したがって、ゲーム終了間近は、在庫が少なくなるに違いない

その気づき。
最後の最後のターンに、それが起こるかもしれないという可能性。
それに、僕は賭けたのだ。

まだ、在庫を持っているメンバーが、あわてて、競合商品を出してくる。

Aさんは、大阪に。Bさんは、東京に。

だが、ゲーム終盤のため、在庫が足りず、
すべての地区に競合商品を出すことができなかった。

そのため、
北海道や青森などの地区(小需要で、少ししか商品を置けない地区)
では、競合相手がいない、という状況が発生。

場は、騒然とした。講師ですら予想外のことで、驚いていた。

この地区とこの地区は、
 競合相手がいないから、上限まで価格をつけてもいいんですよね?


は、はい。かまいません

じゃあ、オープンプライス!

もちろん、僕が掲げた金額は、表示可能な最大金額。

99990円!

ついに成し遂げる!
独占販売による最大金額の提示!
その金額の大きさに、みなが驚きの声をあげた。



だが……!

駄目ッ!!

これでは駄目ッ……!
駄目なのだ!

まだ僕には、やらなければいけないことがある!

ここで終わってはいけない!
これで終わらしてはいけない!

だが、はたして……

はたして彼は気づいてくれるだろうか……。

では、次は九州地区で

僕は、自分から次に競売を行う地区を指名した。

そこには、競合相手として、あの「価格破壊男」がいた。

あとは、もう……価格破壊男しだいであった……。

僕は祈るような視線を価格破壊男に送った。

頼む!価格破壊男、
気づいてくれ……気づいてくれ……!

(次回完結)

2013年03月26日

【完】経営者育成セミナー参加日記(20)〜経営〜


(以前の話はこちら

よし、次もこれでいこう……

僕は、最大の「99990」を価格破壊男に見せながら
そう呟いた。

頼む……気づいてくれ……価格破壊男……。

オープンプライス!

僕は、事前に示したとおり、「99990」を提示した。
そして価格破壊男は……



99980!


え、ええっと、D(価格破壊男)さんが
 99980円で売れました……


おおおおおおおおおお!
再び、場は騒然となった。

言っておくが、これは談合ではない。
ただ僕が独占販売の成功に気を緩め、
次に出す価格をどうするか、つい呟いてしまっただけ。
その呟きを信じる、信じない、かは、
価格破壊男の自由意志であるのだから、
これは決して談合ではない。

もっとも。そうは言っても、こんな談合っぽい行為、
本来なら許されないだろう。
もし、ゲーム序盤でやったら、それこそ総すかん。
その後、徹底的につまはじきにされたに違いない。
(もっともゲーム序盤なら「1対1での競売」自体がありえないが)

だが、今は、最後のターン。
明日の朝日はもう昇らないという終末のとき。
まさに「今」だからこそ……、
そして、散々いじめられ、嫌われ、
失うもののない負け組の僕らだからこそ
できる違法寸前の行為。

次!東京、行きます!

まだ場が騒然としているうちに、
僕は次の地区を指名した。

また僕は、次、これで……

そう言って、「99990」を見せたあと、
価格表を机の下に隠した。

オープンプライス!

A 「99980円
飲茶「89990円

講師「や、飲茶さんの勝ち

次!大阪、行きます!
 ……今度は、これで行きます


僕は「89990」を見せた。

オープンプライス!」

B 「60000円
飲茶「39990円

講師「飲茶さんの勝ち、39990円で売れました

よしッ!よしッ!よしッ!
すべて計画どおり!
勝った、勝ったッ!

賭けに勝ったッッ!

ゲーム終了間際、経営者の持つ在庫が減った瞬間を狙い、
大量の宣伝広告カードで、商品を全国に置き、
独占販売」を狙う……という戦略。
しかし、この戦略では、勝利には届かなかった。
なぜなら、このやり方で「独占販売」ができるのは、
需要が「」や「」の地方の地区ばかりであり、
どんなに高い価格をつけても、売れる個数が少ない分、
利益も少なくなってしまうからだ。
それでは、トップには届かない。

ガツンと儲けるためには、やはり「東京」「大阪」といった
需要が「30」や「20」の地区で、
大量の在庫を高額で一気に売らなくてはならなかった。

そのために……、まずどこかの地区で、
99990円の価格を提示しますよ
と談合をアピールして、競合相手を儲けさせる。
そうして、「競合相手が儲かった」現場を見せ、
周囲の思考が沸騰しているうちに……、
需要の高い「東京」の地区の価格競争を開始し……、
同じように「99990円の価格を提示しますよ」
と談合をアピールしたあとに……

裏切り

89990円という高値で30個の商品を売り抜ける!

というのが僕が考えた「最後の経営戦略」であったわけだが、
結果……、見事に成功!

きっと時間を置いて冷静に考えたら、こんな稚拙な作戦に
ひっかかりはしなかっただろう。さらに僕が「裏をかかれる」
という結末もあったかもしれない。

だが、結果として、競合相手は……気がつかなかった。
」から気がついたかもしれないが、
とにかく「」気がつかなかった。
経営戦略の勝敗の分かれ目は、やはり「」にあったのである。

◆◆◆

こうして戦いは、終わった……。
結果は、僕が1位。
価格破壊男の順位は……正確な数字は忘れてしまったが、
少なくとも、ビリではなかったと記憶している。

最後に講師が、「まとめ」のような講義をし、
その終わりに、
では、上位の方々には、
 今回のセミナーで学んだこと、経営で一番大事なことは何か、
 ひとりずつ話していただきます

とコメントを求めた。

僕以外の人たちは
損益の分岐点を明確にすることです
きちんと予算の計画を立てることです
などといった模範的解答を
流暢に……堂々と……ときにユーモアをまじえて
話していった。

では、最後にトップの飲茶さん、お願いします

は、はい……あ、あの

僕はこういうあらたまった場での発言は苦手だった。
声を上ずらせ、どもりながら、たどたどしく話した。

え、えっと……、
 今……が一番大事というのかその……あの……
 あああ、すみません、よくわからないですよね……
 あ、あのそれよりも、なんというか……
 やっぱり大事なのは…………そ、その
 
 
 あきらめないこと……です。
 どんなところからでも、必ず逆転できると信じて、
 考えて考えて考え続けて……あきらめず……
 『勝負すること』……
 それが大事だと思いました


こうして、僕のセミナー体験は終わった。

セミナー終了後、何人かの経営者から声をかけられ、
これから飲みに行きませんか?」と誘われたが、
僕はそれらをすべて断り、まっすぐに家に帰ることにした。
なんというか勝負の余熱というか、熱いものがまだ胸に残っており、
どうしてもその余韻にひとりで静かにひたりたかったのだ。

帰りの電車の中。僕は、ずっと考えていた。
ゲームが始まる前に、講師はこう言っていた。

この経営戦略ゲームをやることで
 自分がどんなタイプの経営者なのか、
 どんなタイプの人間なのか、
 知ることができるでしょう


たしかに、そのとおりだと思う。この経営戦略ゲームに参加して、
僕は、自分がどのタイプの人間なのか、とてもよくわかった。

電車の中で、何度もゲームのシーンを反芻する。

材料を買い占めようとしたとき……。
それが失敗に終わったとき……。
宣伝広告カードの逆転を思いついたとき……。
価格競争の金額を吊り上げる駆け引きを打ったとき……


思い返してぶるぶると震えてきた。
秘策を思いついたときの脳を打つ快感。
そして、それを成し遂げるため、
感情をかみ殺しながら地を這い続け、
最後の最後で策が実り、逆転したときの感動……。

それだ……それが自分の求めているものなんだ……。

考えて……勝負すること……。

きっと、これが答え……。
それこそが僕にとって「経営する」ということ……
そして……「生きる」ということ……。

明日から、どう経営していけば良いのか。
今日学んだことを、どうやって現実の経営に活かしていけば良いのか。
まだ具体的なイメージはつかめていない。
だが、今回のセミナーに参加したことで、
経営者として確かな手ごたえを感じていた。

これから、大変なこともあるだろう。
理不尽に見舞われ、すべてが裏目に出て・・・・・・、
打開策も破綻して八方塞・・・・・・、
そして倒産が確実、
という事態もきっと起こるだろう。

でも、絶対にあきめない……。
あきらめることだけはしない……。
いま胸に感じてるこの熱い気持ちを大事にして……、
戦っていこう。

そう呟いた僕は、
電車の心地よい振動にゆられながら、
ウトウトと眠りについた。






(後日談)

経営者育成セミナーに参加してから、5年の月日が流れた……。

あのあと、飲茶の会社はどうなったかと言うと……。

初年度こそ、何千万という大赤字を出して潰れかけたものの、
その後、回復。順調に黒字を重ね、
郊外のボロアパートに机を並べてはじめた飲茶の会社は、
今では東京都中央区のオフィス街に事務所を持つまでになった。

結論を言えば、成功したのである。

では、赤字から脱却して経営が成功したきっかけとは、なんだったのか。
思い返せば、
やはりそれはあの経営者育成セミナーの参加だったのだろう。






プルルルルルルルルルルルルルルルル





プルルルルルルルルルルルルルルルル





ん?誰だろう、電話だ……。

ああ、わかってる。
こんな時間に来るのだから、トラブルの電話に決まっている。

会社の規模が大きくなろうと、黒字になろうと、
世の中が不条理なのは変わらない。
経営なんてうんざりするほど、トラブルだらけだ。

こんなとき、僕は、胸に手を当てて確認してみる。

大丈夫だ……
あのとき、ともった炎が
まだ燃えている……。

僕は受話器を取り上げて応えた。



限度まで

(完)