昼休みが終わり、午後のセミナーが始まった。
しかし、講師はすぐにゲームを再開しなかった。
「はい、ではゲームを再開する前に……、
バインダーの○○ページの用紙をつかって
予算計画表を作ってみてください」
講師は次のことを僕たちに強く述べた。
今までのような場当たり的なやり方
(たまたま手持ちに現金があるから使う的なやり方)で
投資をしてはいけません!
そのような場当たり的なお金の管理の仕方をすれば
痛い目を見ることはわかったはず!
だから、きちんと、1年間で、
どれだけの材料を買い、どれだけの商品を作り、いくらで売り、
そして資金の何割を投資金額に割り当てるのか、
それらを事前に計画表として作っておきなさい!
そして、実際の行動を「実績」として書き込んで、
決算のときに、どれくらい予測と差があったのか、
きちんと確認しなさい!
僕は講師の説明を聞きながら、
やはりこのセミナーはよく出来ていると感心した。
もし最初にいきなり「予算計画」の話をされても、
その重要性にはあまり気づかなかっただろう。
それどころか、
「物事は計画どおりにはいかないよ、むしろ、
臨機応変に対応するのが、優れた経営者だろ」
と反発していたかもしれない。
だが、いま僕たちは、
基準を持たず、無計画にその場のノリや雰囲気で
経営することの愚かさを理解している。
「手持ちに現金があるから、ちょっと投資してみよう」
「現金がなくなったから、なんとか在庫を売ろう」
そんな、その場その場の状況で
「次の行動」を決めるようなやり方は
経営として良くないことを、みなが身にしみて実感している。
なるほど、「投資」という新しいルールを
なぜ今になって追加したのか、その理由がはっきりした。
きっと、最初から投資カードを追加していたら、
みんなわけもわからず、無計画に現金を「投資」に費やしていただろう。
それでは、投資が成功しようが失敗しようが、
そんなものは「たまたま成功した」「たまたま失敗した」にすぎず、
「経営を学ぶ」という観点では、何の意味もないのだ。
さて、ともかくこうして僕たちは、
「損益分岐点」という基準を明確にし、
「投資」という新しいルールを理解し、さらには、
資金の何割を「投資」に費やすかの「予算計画」をたて、
いよいよゲームを再開するわけであるが……、
仕切りなおしのおかげもあり、午前中のあの閉塞感は、
いつのまにかなくなっていた。
価格破壊が起きることもなく、
また、バカみたいに投資に現金を使いまくる人が出ることもなく、
整然とゲームが行われていった。
そのとき、僕は、少しだけ……
いや、かなり希望を取り戻していた。
新しいルールが追加されたのだから、
そのルールをうまく使って、今の状況を打破できるかも……、
という意味での希望はもちろんあったが、
それよりなにより一番大きかったのは、
「価格破壊時代の馬鹿な価格競争に自分は参加していなかったこと」であった。
結局、なんだかんだ言っても、僕の損失は、莫大な借金の金利だけであり、
実はそれ以外はまったく損していないのである。
一方、価格破壊時代を送った経営者たちは、
原価割れで売り続けることで、累積で損失を積み重ね続けてきた。
だから、原価割れの損失を積み重ねていない、という意味では、
実は参加者の中でも、僕はかなりマシな状況なのである。
きちんと資産の比較をしているわけではないから、
正確なことはわからないが、案外、もしかしたら、
僕の会社の資産ランキングは「中の上」ぐらいいっているかもしれない。
そして、希望要素はそれだけではない。
そもそも僕がイベントカードを引かず、
今まで何をやっていたかというと、
設備投資をしてない小さな工場を毎ターン少しずつ動かして、
コツコツとちょっとずつ商品を作っていたのであった。
そのため、買占め戦略によって
あふれんばかりになっていた僕の材料倉庫は、
少しではあるが材料のコマが減り、
商品倉庫にはそれなりの量の商品のコマが積まれるようになっていたのだ。
だから……、今回追加された「おまけカード」をたくさん集めて一気に使い、
これらの商品をドカンと高く売りさばくことができたとしたら……、
いっきにプラス!
ランキング上位の経営者の仲間入り、
ということもありえるかもしれない!
そう考えてみると、やはり逆転の肝は……、
おまけカード!
このカードを大量に集め、
一気にドカンと使って、
一気に高く売り抜ける。
それが、今、最新の、ベストな戦略!
少なくとも、目をつぶってイベントカードを引いて、
「火事カードか、材料転売カードかを引き当てるギャンブル」
をするよりかはよほどマシは戦略であろう。
こうして、僕はかなり極端な予算計画を作った。
手持ちの現金をほぼ100%、投資(おまけカード)に費やすという
大胆な計画。
まず、今年は、カード集めをし、
来年、そのカードを使って一気に売り抜けるという目論見だ。
「では次、飲茶さんの番です」
「はい。おまけカードを買います」
僕は計画にしたがい、さっそくおまけカードを買いあさった。
それからしばらくすると、
「おまけカード」をうまく使って高値で商品を売りぬいていく経営者が
何人か現れはじめた。
彼らは、そうして得た大量の現金で、さらに投資をし、
どんどん価格競争を有利にしていった。
あせるな、あせるなよ……。
釣られて中途半端に「おまけカード」を使ったらダメだ。
ためて……ためて……ドカンと使うのだ。
目の前で、「おまけカード」を使って儲けている人をみても、
僕の心は比較的穏やかであった。
おそらく、予算計画があったからだろう。
今年は我慢してカード集めをする、そう決めたのだ。
そういう指針があるからこそ、予算計画を作ったときの前提が崩れないかぎり、
他人が儲けようが、どうしようが、ぶれることはない。
そして、次の年が始まった。
よし勝負だ! 計画どおり、前年に集めた「おまけカード」を使って、
一気にドカンと売り抜ける!
「次は、飲茶さんの番です」
「はいっ!商品を30個、売ります!
そして、付加価値カードを10枚!
全部使います!」
意気揚々と、市場へ!さぁ、勝負だ!
これで決める!今までの悪い流れを断ち切り、
現金を手に入れ、プラスのスパイラル、
成功の歯車を回すのだ!
しかし……。
「はい、Dさんの商品が売れました」
な……、なんだそれ!?
え?え?ええええええええええええ!?
価格競争の結果、僕が「おまけカード」を含めて
提示した金額より、大幅に低い金額が提示されたのだ。
なんでだよ!なんでだよ!そんな低い金額で売るのは、
おまえの計画にないだろ!どういうことだよ!
ちゃんと計画どおり行動しろよ!
そう叫びたかった。だが……、わからなくもない。
たしかに、おまけカードは、「価格競争」で負けても、
消費されてしまうカード。
だから、ここぞと「おまけカード」を大量に使う人が出てきたら、
損益分岐点以下の安い金額をつけて「それを潰す」というのは
ひとつの戦略だろう。
そして、嫌な予感は価格提示の前からしていた。
競合商品を「1個だけ」で参加している人がいたからだ。
1個だけなら、「損益分岐点以下」で売ったとしても、
はっきり言って、たいした害はない。予算計画も「平均でいくらで売る」
という内容だから、1個だけ安く売っても、
予算計画からそう外れることもない。
だから、大量の「おまけカード」を投入してくるやつがいたら、
1個だけ競合商品をだして、理不尽なほど安い低価格をつければいいのだ。
それであっさりと「おまけカード」戦略を潰すことができる。
だが……、だが……。
今まで、そんな動きは一度もなかったのだ。
僕以外にも「おまけカード」を大量に投入した経営者はいたのである。
でも、そいつのことは、みんなスルーしていた。
わざわざ、そんなふうに損益分岐点以下の低い価格をつけて
「潰す」なんてあからさまなことはしていなかった。
そんな「流れ」なんか、今までどこにもなかったのだ……。
それなのに、なぜ僕のときだけ、いきなりこんなことに……。
もちろん、こんなのはたまたまで、
「おまけカードつぶし」という戦略に誰かが気づき、
それがちょうどいま実行されただけ……、
ということではあるのだろう。
でも!だったら!何も僕のときじゃなく、
他のやつのときに実行すればいいのに!
くそ!なんでこんな理不尽な目にあわなきゃいけないんだ!
「たまたま、自分の身に不運が降りかかっただけ」
このとき僕はそう考えていたわけであるが、
思い返してみれば、なんという甘い、ずれた認識だったのだろうか。
「くそ!また一からカード集めだ!」
次の年、僕は再び「おまけカード」を集めた。
そして、さらに次の年、その集めたカードを使って
もう一度、勝負!
しかし。
「はい、Bさんの商品が売れました」
またしても、理不尽な低価格による「おまけカード潰し」。
現金を費やし、投資したおまけカードが
一瞬にしてゴミと消えた。
ぐうぅぅぅぅううううううぅぅぅぅぅぅ!!
な、なんで……、なんでこんな……。
いったい、何が起きているんだ。まったく理解できない。
なぜ、俺のときだけこんなことが……。
はっ!
僕は、そのとき見てしまった。
このゲームに参加している経営者の大多数が、
僕のこの失敗をみて……
楽しそうに笑っているのを。
にやにやにやにやにやにや
にやにやにやにやにやにや
にやにやにやにやにやにや
にやにやにやにやにやにや
僕はやっと理解した。
これは……
これはイジメだ!
あきらかなイジメ……!
経営者による経営者イジメ!
くそ!くそ!くそ!くそ!
こいつら!こいつらあああ!!!!