2009年08月30日

経営者育成セミナー参加日記(12)〜走馬灯〜


講師の表情から、
火事カードの枚数を推察する!
奇策! まさに理外の理!


ほんのついさっきまでは、
「破滅するか生き延びるか」という
「生き死にの勝負」を運否天賦でするしかない、

と思っていた。

だが、それでも、
それに賭けるしか生き残る道はないのだから、
リスクを恐れず、目をつぶってカードを引くしかない、

と思っていた。

しかし……!
今の自分には、決して運否天賦ではなく、
生き残る確率を高めるための「」がある!

救いだった……。

こんなにも、気持ちが違うものなのか。

無為無策のまま運まかせで、
目をつぶって勝負するしかないという状況と、
「勝つ確率を高める理」を持って勝負に挑めるという状況。

前者の状況では、絶望的な気持ちにしかならないが、
後者の状況では、勇気が希望がわいてくる。

精神的には、雲泥の差。

もちろん、その「講師の表情からカードの残数を推察する」
という「理」は、確実に勝てる保障のあるものではない。

講師が、突然、表情の変化を見せなくなるかもしれないし、
なかなか火事カードが他の人に引かれず、
ターンがどんどん過ぎていく可能性だってある。

でも、それでもだ!
何の「理」も持たず、「生か死か」「一か八か」で、
闇雲にカードを引くよりは、絶対にマシだ!


それよりもまだ、
早いターンで、誰かが火事カードを引いてくれる
という可能性に賭けた方がいいだろう。
実際、同じ運任せの勝負をするにしても、
そっち方が格段にリスクが少ない。

だって最悪ケースで、誰も火事カードを引かなかったとしても、
こっちは何も破滅するというわけではないのだ。

すなわち、ノーリスク。

リスクがないのだから、
誰かが火事カードを先に引いてくれる可能性
に賭けてみて損はない。

もちろん……。そうは言っても、
誰も火事カードを引かず、ただ時間だけが過ぎ去る
という最悪ケースの可能性は、厳然として存在しており、
あまりにターンが過ぎてしまえば、
他の経営者と大差がついてしまい、
もはや逆転不可能という事態になって
しまうかもしれない。

その意味では、ノーリスクといいつつも、
無為にターンを消費してしまい、
 破滅しないまでも、勝てない状況に陥ってしまう

というリスクは存在するだろう。

では、そういう最悪ケースが起きたときはどうするか?

そうだな……。
そのときは、せめて、1枚でもいいから、
誰かが火事カードを引いた後に、
カードを引くことにしよう……。

火事カードの数は、有限なのだから、
誰かが引いた後に、引くというだけでも、
多少は勝つ確率……火事カードを引かない確率が
高められるはずだ……。火事カードが1枚しかないという
可能性だってあるわけだし……。


このとき、僕は、
自分は冴えている、と思っていた。
あらゆる可能性を吟味し、最善の方法を
導き出していると思っていた。

また、この土壇場、絶望的な状況の中で、
確実ではないまでも、勝つ確率を高める理を
思いつくことが出来たということに陶酔し、
自分はなんて素晴らしいのだろうと、
悦にひたっていた。

だが……。
すぐに思い知らされることになる。
自分の浅はかさを……!


それから数ターンが過ぎ、
参加者のひとりが引いたイベントカード。

「材料転売カード」

ぐ……ぐっぐぐっぐぐうううっ!

それは、僕が喉から手が出るほど欲しいカード。
生き残りの鍵を握るカード。


「材料転売カードですね。
 ○○さん、材料を転売しますか?
 買い値より高く売れますよ」

講師が、カードを引いた参加者に問いかける。

だが、そのカードを引いた彼は、少し悩んだ後、
「えーと、売りません」と言って、
そのカードを使わず、捨ててしまった!

ぐっぐぐっぐぐぐぐぐっぐうぐっぐ!

無理もない。今は、高度経済成長期
モノを作れば、作っただけ売れるという狂乱の時
多少の利益が出るからといって、材料を転売するよりは、
普通に商品にして、売った方が儲かる。
だから、材料転売カードは必要ない。
そういう判断なのだろう。

でも、それは、自分にとっては、
生き死に関わる重要なカードなのだ。
なんとしてでも手に入れなくてはならないカード。


もちろん、自分以外の人たちが、
どんどんカードを引いているのだから、
当然、自分以外の人たちが、材料転売カードを引くことだって
あるだろう。あるに決まってる。

そうさ。これは、想定どおり。想定の範囲内の出来事。

だが、僕の内心は穏やかではなかった。

自分が喉から手が出るほど欲しかったカードが、
目の前で他人に引かれてしまったのだから!

そして、さらに数ターンが過ぎ、別の人が、
また「材料転売カード」を引く!

そして、またもや「使いません」と言って、捨てる!

うおお!こ、こいつ、人が欲しいカードをそんなまるで、
使えないゴミみたいに!!くそ!くそ!くそ!
そのカードを俺が引いていれば……!


ここで、僕はあるとんでもない事実に気がつく。

ま、待てよ……そうだ……
「火事」カードが何枚あるかわからないが、
「材料転売」カードだって何枚あるかわからないじゃないか!

し、しまった! そうだ、そうだよ!
材料転売カードが引かれまくって、
カードの山の中から、なくなってしまう可能性もあったんだ。

も、もし、さっき引いたカードが最後の材料転売カードだったら……、


ううううううううううっうううううううう

やばい!やばい!もしそうだとしたら、
もう逆転の可能性はゼロ、
カードを引いても、ただリスクだけがあるのみ……。


すなわち、ノーリターン!

「飲茶さんの番です……どうしますか?」

見上げると、講師が、例の笑顔でこちらをみていた。

にやにやにやにや。

いいの……?はやく引かないと
なくなっちゃうよ……(笑)


そんな全てを見透かしたかのような講師の笑顔を見て、
僕は、頭にかぁーっと血がのぼった。

だ、だめだ!うかうかしてちゃだめだ!
引くんだ!カードを引くんだ!
材料転売カードがなくなってしまう!


カードを引きます!

そう言い掛けた、そのとき

うわぁわぁわああああん!(>△<)
おわた、おわたよ!
完全におわたよ!(T△T)


うぉぉぉぉおお!!買戻し!買戻しだ!
まだまだ上がるよ!爆上げするよ!


いちや100%!!

なぜかそのとき、僕の脳裏に、かつて、
株で大失敗した数々の記憶が走馬灯のように流れていった。

な、なぜこんなときに、
今までの株の失敗を思い出す?
どうして……?


今までの敗北の記憶が、脳内を駆け巡る。

そして、その走馬灯は、最後に、
この経営戦略ゲームで、顔を真っ赤にして
カードに向かって手を伸ばそうとしている今の自分の姿まで
たどり着く。

僕は気づいた。この愚かしい行為に……。

俺は……今……何をしようとしていた?
カードを引く……だって?


さっきまで、冷静に、クレバーに、
火事カードを引いた人の後に、カードを引く
と決めていたじゃないか。

それが、いつのまにか、
材料転売カードを引いた人の後に、カードを引く
ということに……。

ありえない。ありえない逆走……。

な、なんなんだ、これは、なぜいつのまに
こんなことに……!?

いや、そうか……そういうことか……
これは……株と同じ……。


移動平均線からこれだけ乖離して、
これだけ割安になったら、この株を買おう(^△^)

完璧な計算……完璧な理……。

株を買うときはいつも、
そういう「理」を持って挑んできた。
そして、その「理」に従う限りは、
大怪我……大損害……
そういうのはありえないはずだった。

しかし、往々にして、株は自分の思い通りにはならない。

なるべく、リスクを少なくしようと、割安の株価が、
さらに安い金額まで下がるのを待っているときに……、
突然、チャートが反転……!
1株も買えないまま、株価が急騰……!


株をやっている人からすれば、
そんなことは日常茶飯事のよくある出来事。

だが、そんなとき、いつも自分は冷静ではいられなかった。

なんだよ!ちくしょう!なんで上がるんだよ!
だから、あそこで買っていれば良かったんだよ!
そうしたら、今頃……! ああ、もう!!
上がるってことは、ちゃんとわかっていたのに!
それなのに!あああああああああ悔しい!


そして、その悔しさのあまり、
急騰する株価を追いかけて、成り行き買い……。

くそ!くそ!今ならまだ間に合う!
買いだよ!買い!


ありえない。ありえない逆走……。

できるだけリスクを減らそうと、
割安株がさらに割安になるのを
クレバーに待ち続けていたはずなのに……。
それがいつのまにか、高値づかみ……。

そして、その後に続くのは、
後悔……自己嫌悪……損切り……
お決まりのパターン。


そうだ……自分は何度もそれを繰り返してきた……。

手に入れることができなかった利益を
損失」だと考えてしまう、思考回路の悪癖
そして、その「本来存在していない架空の損失」を取り返そうと、
考えられないような高いリスクをとった勝負に出てしまう、
自制心の無さ

これが、自分が、株で負ける理由であり、
負け続けてきた理由なのだ。

そして、今、経営戦略ゲームで、
カードに手を伸ばそうとしている自分。

まるで同じじゃないか……。
株で負け続けていたときと……。


しばらく、株式取引から遠ざかって、
起業し、会社の経営をがんばってきたけど、

うぐぐっぐっぐっぐぐ!
本質は、何も変わっていなかったのだ……。
そこを変えなければ、経営ゲームでも、
現実の経営でも、遅かれ早かれ……

負ける……破滅する……!
あぐぐぐぐううううううううううう(ぼろぼろ)


「飲茶さん、どうしました?」

講師が声をかける。

だめだ。ここで、カードを引くのは駄目。絶対駄目。
待て……待つんだ……。勝負の熱に流されるな……。


僕は、両手を握り締め、肩を震わせて、宣言した。

パスします

今、カードを引いてしまったら……。
結果はどうあれ、きっと、自分は近い将来、
現実の経営で失敗し、破滅してしまうだろう、
そんな直感を全身で感じ取っていた。

今は、とにかく、頭を冷やすんだ……。

僕は、何があろうと、3ターンは、
パスし続けることを心に決めた。

その間にも、他の参加者たちは、
次々と商品を製造しては市場に売り出し、
着実に利益を上げ、資産を増やしていく。

みな楽しそうだった。

たぶん……。

そんな彼らの楽しげな経営を、
ただ呆然と見ていただけだったからこそ、
いち早く、異変に気づくことができたのかもしれない。

え?ちょっと待って、みんな、なにやってるんだ!?
 いったい、どうしちゃったんだよ!?


市場では、信じられない異様な事態が起きていた。