「材料置き場にある材料……全部ください!」
奇手!
ゲーム開始早々、全力買い!
材料買占め戦略!
ざわ……ざわ……
僕の突飛な行動に、他の経営者たちは、みな あっけにとられていた。
「買えます……よね?」
僕は、講師に確認をとった。
「はい、良いですよ」
講師は、にこりと笑ってそういった。
かくして、大量の材料のコマが、僕の目の前に 積みあげられた。
やった!やってしまった!
これで、もう引き返せない!
あとは、市場をうまくコントロールして、
独占販売を作り出し、商品を高値で売り抜けるだけである。
いける……いけるはずだ……
限度まで借金し、
そのすべてをつぎ込んでの
買占め戦略。失敗は許されない!
ゲーム再開。
それまで和気あいあいとしていた会場の雰囲気は、
一転して、ピリピリとした空気に変わっていった。
もちろん、僕が材料を買い占めたせいだ。
おそらく、参加者の多くは、経営を学ぶゲームときかされて、
興味津々で、このゲームを楽しもうとしていたに違いない。
そこへ、変な若造が、いきなり、材料を買占めて、
他人の迷惑もかえりみず、ゲームの基盤そのものを破壊したのである。
現に、もう誰も材料を買いたくても、買うことができない。
当然、材料が無ければ、商品を作ることもできない。
したがって、商品を売ることもできない。
ゲームの流れもわかって、さぁ、これからだというときに、
せっかくのゲームが台無しにされたようなものである。
実際、ゲーム中、参加者たちは、僕に非難の目を向けていた。
材料を買いたくても買えない閉塞感を
そのまま、僕への不満として態度に示していた。
だが、僕は、彼らの非難の目をなんとも思わなかった。
なぜなら、これはゲームとはいえ、経営だからだ。
くくくくく。甘いんだよ、おまえらは。
経営は、遊びじゃないんだ。
仲良く談笑しながら、楽しむものじゃないんだよ。
むしろ、こうやって、互いの存在を
疎ましく思うぐらいでちょうどいい。
経営とは、他者と自分の生き残りを賭けた戦い。
いわば、戦争。
他を出し抜き、自分だけが儲け、
相手を叩き潰す気じゃないと、
自分の生き残りすら危うい。
経営とはそんな世界なのだ。
その修羅の世界を経験している僕が、
経営の世界の厳しさを知らない、
こんな連中に負けるはずがない。
いや、ありえない。
勝てる!絶対に勝てる!
だが、僕は、胸にチクリと突き刺すような、
なにか違和感のようなものを感じていた。
なんだろうか、それを考えてみると……思い当たったのは、
講師の態度だった。
材料をすべて買い占めると宣言したとき、
参加者は、みな、驚いた表情だったのに、
講師だけは平然としていた。
こんなふうに買占めをされて、
講師もあわてるかと思ったが、
特にそんな様子もなく、逆に「にこり」と笑って……
にこり?
僕は、講師の笑顔を思い出して、ぞっとした。
買占めを宣言したときは、興奮していて気がつかなかったが、
今になって、その笑みを思い起こせば、それは「微笑み」ではなく、
「嘲笑(ちょうしょう)」の笑みだと気がついた。
「あ〜あ〜、やっちゃったねw」
そんな人の失敗、勘違いをあざ笑うような笑み……。
うぅぅううううぅぅぅぅう…………!
急に不安になってきた。
ま、まさか、自分はとんでもない勘違いをしているんじゃ……。
何か、落ち度、ミスがあったのか?
いやいや、材料は全部買い占めた。
誰も、これ以上、商品を作ることができない。
材料のコマがないんだから、物理的に不可能のはず
――そのとき、僕の視界にとんでもないものが飛び込んできた。
ああああああああああああああ!!