2008年07月04日

経営者育成セミナー参加日記(6)〜嘲笑〜


「材料置き場にある材料……全部ください!」

奇手!
ゲーム開始早々、全力買い!
材料買占め戦略!


ざわ……ざわ……

僕の突飛な行動に、他の経営者たちは、みな あっけにとられていた。

「買えます……よね?」

僕は、講師に確認をとった。

「はい、良いですよ」

講師は、にこりと笑ってそういった。

かくして、大量の材料のコマが、僕の目の前に 積みあげられた。

やった!やってしまった!
これで、もう引き返せない!


あとは、市場をうまくコントロールして、
独占販売を作り出し、商品を高値で売り抜けるだけである。

いける……いけるはずだ……

限度まで借金し、
そのすべてをつぎ込んでの
買占め戦略。失敗は許されない!


ゲーム再開。

それまで和気あいあいとしていた会場の雰囲気は、
一転して、ピリピリとした空気に変わっていった。

もちろん、僕が材料を買い占めたせいだ。

おそらく、参加者の多くは、経営を学ぶゲームときかされて、
興味津々で、このゲームを楽しもうとしていたに違いない。

そこへ、変な若造が、いきなり、材料を買占めて、
他人の迷惑もかえりみず、ゲームの基盤そのものを破壊したのである。

現に、もう誰も材料を買いたくても、買うことができない。
当然、材料が無ければ、商品を作ることもできない。
したがって、商品を売ることもできない。

ゲームの流れもわかって、さぁ、これからだというときに、
せっかくのゲームが台無しにされたようなものである。

実際、ゲーム中、参加者たちは、僕に非難の目を向けていた。
材料を買いたくても買えない閉塞感を
そのまま、僕への不満として態度に示していた。

だが、僕は、彼らの非難の目をなんとも思わなかった。

なぜなら、これはゲームとはいえ、経営だからだ。

くくくくく。甘いんだよ、おまえらは。
経営は、遊びじゃないんだ。
仲良く談笑しながら、楽しむものじゃないんだよ。
むしろ、こうやって、互いの存在を
疎ましく思うぐらいでちょうどいい。


経営とは、他者と自分の生き残りを賭けた戦い。
いわば、戦争。
他を出し抜き、自分だけが儲け、
相手を叩き潰す気じゃないと、
自分の生き残りすら危うい。

経営とはそんな世界なのだ。

その修羅の世界を経験している僕が、
経営の世界の厳しさを知らない、
こんな連中に負けるはずがない。
いや、ありえない。


勝てる!絶対に勝てる!

だが、僕は、胸にチクリと突き刺すような、
なにか違和感のようなものを感じていた。

なんだろうか、それを考えてみると……思い当たったのは、
講師の態度だった。

材料をすべて買い占めると宣言したとき、
参加者は、みな、驚いた表情だったのに、
講師だけは平然としていた。

こんなふうに買占めをされて、
講師もあわてるかと思ったが、
特にそんな様子もなく、逆に「にこり」と笑って……

にこり?

僕は、講師の笑顔を思い出して、ぞっとした。
買占めを宣言したときは、興奮していて気がつかなかったが、
今になって、その笑みを思い起こせば、それは「微笑み」ではなく、
嘲笑(ちょうしょう)」の笑みだと気がついた。

あ〜あ〜、やっちゃったねw

そんな人の失敗、勘違いをあざ笑うような笑み……。

うぅぅううううぅぅぅぅう…………!

急に不安になってきた。
ま、まさか、自分はとんでもない勘違いをしているんじゃ……。
何か、落ち度、ミスがあったのか?

いやいや、材料は全部買い占めた。
誰も、これ以上、商品を作ることができない。
材料のコマがないんだから、物理的に不可能のはず

――そのとき、僕の視界にとんでもないものが飛び込んできた。

ああああああああああああああ!!

2008年07月10日

経営者育成セミナー参加日記(7)〜輸入〜


材料のコマは、全部、買い占めた……
だから、もう誰も材料を買うことができない


――はずだった

今にして思えば、なぜ、アレが目に入らなかったのだろう。

講師の斜め後ろには、小さなテーブルがおいてあり、
その上には、ゲームで使うだろうその他のカードやコマが並べてあった。

そして、その並べられているコマのなかに、

あの材料のコマが、まだまだ山積みでおいてあったのだ。

ううぅうぅう…………!
な、なんだ、あの材料のコマは……。


そう、僕は、場に見えている材料のコマを全部買い占めた。
これで誰も材料を買うことはできない。
だが、講師の後ろのテーブルには、
まだ材料のコマが山積みになっているのだ。

あれは         使うんだ……
    なんのために、
 
  なんで、気がつかなかった

予備か……?
        そうだ、予備だ……?


混乱しながらも、思いついたのは、

コマをなくしたときのために、
余分にコマを用意している


という都合の良い想像だった。
しかし、それはありえない。
予備のコマにしては、量が多すぎる。

そうして、考えている間にも、どんどんゲームは進んでいく。

もう、材料がないので、
誰も材料を買う行動もできないし、
商品を作ることもできない。

できることは、
「商品の在庫を売るか」
「設備投資をするか」
「イベントカードを引くか」
のどれかである。

そのうち、何人かはイベントカードを引いた。

イベントカードは、
保険屋がやってきたり、税務署がやってきたりと、
経営でありがちなイベントが起きて、
ちょっとしたプラス、マイナスの収支が発生するカードのようだ。

とりあえず、材料も買えないし、みんな
こぞってイベントカードを引きまくった。

えー、イベントカードを引きます……、
 引いたのは、海外輸入カードです


ある参加者が引いたカードの名前を聞いて、嫌な予感がした。
講師はカードの内容を説明した。

それは国内よりも安い値段で、
 海外から材料を買うことができるカードです^^


(ま、まさか……)

では、こちらから、好きな数だけ材料を買ってください

そう言って、講師は、
後ろのテーブルで山積みになっている材料のコマを指差した。

ぐぅぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!

僕は、場の材料のコマを全部買った。
だから、もう誰も、材料を買えないはず。
買えないはず買えないはず買えないはず

海外輸入カードだって!?

目の前で起きている現実が信じられず、
あわてて、説明書のイベントカードのページをめくると、
たしかにあった。あったのだ。

そして、さらに、ゲームは進んでいく。

次々とイベントカードが引かれ、 何回目かの海外輸入カードが出た。

どうも、そのカードは1枚だけではないらしい。

目の前が真っ暗になった……。

(ちょ、ちょっと、待てよ。
 そのカードで買われたコマは最終的にどうなるんだ。)

講師に質問しようかどうか迷っていると、
僕の視線を感じた講師は、
まるで見透かしたかのように、こう言った。

「海外輸入カードで買われた材料コマも、
 商品として売れたときは、場の材料置き場に戻ります」

ぐにゃああああああああああああああ!

なんだよ!
海外から買ったんだから、海外にもどせよ!
ていうか、なんだよ、そのルールは!
別に最初から同じ場所において
おけばいいじゃないか!!


立ち上がって、そう叫びたかったが、
いまさら何を言っても、後の祭りである。
そういう「ルール」なのだから、どうしようもない。

すでに、輸入カードで、大量の材料が買い込まれている。
しばらくしたら、大量の材料が、材料置き場に戻されていくだろう。

結局、限度まで借金し、
その全てをつぎ込んで勝負した買占め戦略は、
完全に破綻したのだった。


2008年07月12日

経営者育成セミナー参加日記(8)〜例外〜


経営で、いや、人が生きていくうえで
もっとも恐れるべきこと、
それは、「例外」という名の悪魔の存在。

情報をもとにして、綿密に、論理的に、慎重に、
思索を重ね、積み上げた勝ちのルート。

ぜったい、これでいけるはず、これで勝てるはず……
なんども、なんども、考えなおし、
すべてのリスクを計算し、
「いける!」と判断し、すべてを賭けたとき、
明かされる新事実。

その場合は、こういう特殊なことがおきるのです

あぐぅぅうううう!

僕は、買占め戦略が破綻したとき、
なぜか、ずっと、
ニチモウのときの「差金事件」のことを思い出していた。

あのとき、僕は、プラスになるはずだった。
今までの株の損失を、一気に取り戻せるはずだった。

天井知らずに、上昇しつづけるニチモウの株価。
含み益は、とうとう、自分の今までのマイナス分を上回った!

すべてが順調だった。あとは、ただ、株を売れば良いだけ。
いつものように、いままでやってきたように、
ただ株を売れば良いだけ。

今までの株取引のマイナスが、プラスに反転する。
そんな株人生最大の転機。その勝利は目前。

でも、そのとき、例外が起きた。

詳細は省くが、「1日1回しかできない行動」があり、
僕は、その日、まだその行動をしていなかった。

だから、「その行動ができる」と当然のように考える。
その行動を戦略として組み込み、勝ちのルートを模索する。

それは、何も特別な行動ではなかった。
毎日1回、当たり前のようにやっていたことだった。

それなのに……。

運命の日、いざ、その行動を実行しようとしたとき、
決算前の27日と28日は、同日として扱う
という例外的なルールがあることが明らかになる。

今日は、その例外的な一日であり、昨日、その行動をすでに
していたため、今日はもう、その行動をすることができなかった。
そして、そのせいで、株を売ることができなくなったのだ。

目の前が真っ暗になった。なぜ!?なんで!?

結局、僕は、その「例外」ルールのせいで、
株を売って、お金にすることができなかった。
そして、売れない間に、ニチモウの株は、大暴落し、
落ち込む株価を僕はただ呆然と眺めるしかなかった。

こんなふうに、突然、認識の外側からやってくる
「例外」という名の悪魔。
人生を劇的に変えようと大勝負をしたときにかぎって、
そいつがやってきて、僕の脚をひっぱり、
闇のなかにひきずりこもうとするのだ。

365日のなかに潜んでいた例外的な1日。爆弾。地雷。
今までずっと売買していて、なにも意識することなく、
問題なく通り過ぎてきたはずなのに
今日に限って……
人生を変える大勝負のときに限って……

くそ!くそ!くそ!
なんで、 こんな理不尽なことが
オレの身ばかりに……!


これは経営のゲームとはいえ、
現実の経営をシミュレートした現実の戦い、
ゆえにこのゲームで負けるようなやつは、
現実の経営でも同様に負けるのだろう、
なぜか、そんな直感がしていた。

うぅぅううううぅううう、も、もう、駄目だ……!
自分はやっぱり経営者の才能がないんだ……!
絶対、失敗する……
現実の経営でも絶対失敗する……っ!


そして、茫然自失のまま、ゲームの中で、一年が経過した。

飲茶の会社は、はじめての決算をむかえた。

2008年07月28日

経営者育成セミナー参加日記(9)〜決算〜


一年が経過し、はじめての決算をむかえた。

それでは、みなさん、1年間の経営活動を
 決算報告書としてまとめてみましょう


ここで、ゲームはいったん中断となり、
参加者たちは、自分の会社の「決算報告書」を
作成することになった。

ところで、

いくつ材料を買って、いくつ商品に加工したか……
商品をどんな値段でいくつ売ったか……

などの情報は、ゲーム中に、専用シートに自分でメモっておくのだが、
このメモにもとづいて、収支を計算し、決算報告書を作成するのである。

もちろん、ほとんどの参加者が、 決算報告書の作成は初めてで、
「作り方がわからない」という人の方が多かったが、
とにかく取扱説明書の手順にしたがって、 決算報告書を作っていくのだった。

みなさん、書き終わりましたか?
 では、講義をはじめたいと思います


全員の決算報告書が完成したところで、突然、講師が
決算報告書の見方」という題名の講義をはじめた。

今にして思えば、なるほど、
よく考えられた良いセミナーだったと思う。

もし、学校の授業のような形式で、朝から机の上にずっと座って、
普通に決算報告書の講義を聞くだけだったら、
おそらく、興味や集中力を持続させることができず、
その大半をほとんど眠りながら聞いていただろう。

だが、こうして、実際に、会社を経営させて、
自分自身で決算報告書を作らせた後であれば、
決算報告書の講義を、興味を持って聞くことができる。

それに、今やっている経営ゲームで勝つためには、
決算報告書の内容をきちんと理解して、
「会社の経営状態」を正確に把握する必要があるのだから、
みんな、真剣に聞かざるを得ない。

セミナーを主催する側の思う壺で悔しいが、
実際に、みんな集中して講義に聞き入っていたし、
眠そうにしている人は、ひとりもいなかった。

やっぱり、自分で電卓を叩きながら、
計算して作ったからだろうか、本を買って読んでも、
まったくピンとこなかった決算報告書の内容が、
実感をともなって、理解することができたような気がする。

(ちなみに、僕の場合、決算報告書は、作成も分析も、
 ぜんぶ税理士さんにおまかせしていて、
 自分で作ったことは一度もないので、本当に良い勉強になった)

とまあ、かなり有意義で素晴らしいセミナーだったのだが、
そう思えたのは、家に帰って冷静になってからの話であって、
そのときの僕は、絶望感でパニック状態に陥っていた。

まず、僕は、1年が経ったことで、
ゲーム開始時に、最大限に借りた借金の利息を
支払わなくてはならなかった。
もちろん、手持ちの現金のほとんどは、材料を買い占めるのに、
使ってしまったので、当然、借金の利息を支払うことなんてできない。

世間では、そういう状態のことをなんと呼ぶだろうか?

人は、それを破産と呼ぶ。

もしくは、破滅……敗者……
負け犬……樹海行き……。


飲茶、経営ゲーム開始1年目にして、ものの見事に破産。

他の参加者たちは、とりあえず手探りで1年間、経営をやってみて、
やっとゲームのルールや仕組みを理解してきた、というところだろう。
そして、さぁ、これから、本格的に、経営ゲームを開始しようと
意気込んでいるところだろう。
そんなときに、飲茶はすでに破産である。

だが、幸か不幸か、このゲームには、破産がなかった。

つまり、借金の利息が払えなくても、払えない不足分は、
新たな借金として上積みされるだけで、経営を続けることができるのだ。

それどころか、さらに借金をすることもできた。

現金ゼロの一文無しで、返すあてのない大きな借金を抱えて、
利息すら払えないのに、新たに借金をすることができるのだ。

これで、一応、借金まみれながらも、
現金(運転資金)を手にすることができる!
次の年に望みをつなげることができる!

なんとかしなきゃ……なんとかしなきゃ……。
この手持ちの資金で、今度こそ、利益を出して、
少しづつでも借金を減らしていかないと……!


だが、ルール上、破産状態のときに借りられる金額は、
ほんの少しのスズメの涙でしかなく、
どう考えても十分な資金とはいえなかった。

もし……来年……この資金を元手に、利益を出すことができなかったら……
いや、仮に、利益を出せても、借金の利息分より少なかったら……
ううぅ、さらに、借金の額が増えることになる……
そして、次の年の運営資金を得るために、またさらに借金をすることに……
すると、支払うべき利息の金額が、前の年よりも増えることになって……
年を重ねるごとに、ますます、ハードルは高くなっていき……


ぐううううううっっ!
どう考えても、借金の額が雪だるま式に
膨れ上がる未来しか想像することができない!


僕は、口を半開きにして、うつろな目で、

おわた、おわたよ、完全におわたよ……

と、ブツブツつぶやいていた。
もし、参加者の中に、霊視ができる人がいたら、
半開きになった口から、魂が半分、ぬけ出ているのが見えたことだろう。

ここから逆転なんて絶対無理だよ……
いっそ、破産させてくれよ……
ああ、もう帰りたい……


そう思っていたとき、

…………ああ!!

そのとき、飲茶の脳裏に、ひらめきが走った。

突然の神からの啓示。
4文字の漢字が、飲茶の脳に、浮かび上がる!


粉 飾 決 算

そうだ。そうだよ。
決算は、自己申告で、自分で作るものだから、
数字を都合の良いように、書き換えちゃえばいいんだよ!
たとえば、借金のゼロをひとつ減らしたりとか。
売れてないけど、商品を売ったことにして、
架空の売り上げを……


あぐぐぐぐううううっっ!!

我に返って、自分の考えにぞっとした。

自分は、なんということを考えていたんだ!
それは、だめ!経営者として、いや、人として、
それだけは絶対にしちゃいけない!
くそ!くそ!くそ!どうかしてる!!


頭を抱え、涙を流しながら、自己嫌悪。
そうしている間にも、講義は終了し、
経営ゲームは再開されるのだった。

経営戦略ゲーム、2年目開始!